ニューブラウンズウィック州走破

カナダ - 150年 街道をゆく

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ニューブラウンズウィック州走破

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ノバスコシア州をほぼ一周した後、ディグビーという小さな町からフェリーでニューブラウンズウィック(NB)州に入りました。

NBは日本ではあまり知られていませんが、カナダ東部では非常に重要な州で、カナダでは唯一、英語とフランス語の二つが公用語として使われています。ケベックのフランス系とはまた別の、アカディア系(前篇参照)が住民の3割を占めています。

フェリーは前回のフォートアンのある狭い入り江を抜けて、セントジョンに入ります。

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セントジョンの町が見えてきました。NBの州都は内陸にあるフレデリクトンなのですが、州内でもっとも大きい都市はここ、セントジョンです。ニューファンドランド島に「セントジョンズ」という、島名も都市名も似たところがあるのですが、もちろん別物です。 

NB州はカナダでは非常に特殊な州といって良いと思います。その理由はやはり、前回で紹介したアカディアン(フランス系移民)たちの存在にあります。

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↑古い建物が多いセントジョンの街並み

ケベックに住むフランス系カナダ人とは一線を画すアカディアンは、ケベックの住民と違って英・仏語に秀でています。「ケベック」と一言でいっても広いのですが、例えばケベックシティ周辺のケベコワ(ケベック人)の中には、英語が話せない、または意図的に英語を話さない人が少なくありません。

詳しくはケベック編でお話しますが、ケベックはカナダで唯一フランス語のみを公用語にしているので、ケベックから出ないケベコワは、英語を話さなくても生活できるのです(ケベックでは、英語は公用語ではありませんので、英語表記もほとんど見られません)。

しかしアカディアンたちは英語も仏語も、とくに偏見なく話します。そのためカナダのオペレーター(電話交換手)はNB州に置かれることが多く、その特徴を活かして生活しているアカディアンも少なくありません。 

イギリス軍の襲撃で、ノバスコシアのポートロイヤル周辺から追放されたアカディアンたちが1763年頃から帰還することを許されたのは、元いたノバスコシアではなく、このNB州でした。そのため、NB州は英・仏双方の特性を活かした不思議な州になったのです。

またその他に、アメリカの南北戦争(1861~1865)に嫌気がさした裕福なアメリカ人たちがたくさん移住したのも、このNB州でした。彼らはイギリス(=イギリス王室)に忠誠を誓う人々だったので、王党派「ロイヤリスト」と呼ばれました。

このロイヤリストと、アカディアンの共存が、現在のNB州の特異性を形づくっています。なにしろカナダで唯一、英語と仏語を公用語にしているのは、NB州だけですからね。

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↑セントジョンの見どころの一つ、ロイヤリストの家。かつてロイヤリストたちが集まるときに使われていた建物で、1800年代から保存されている貴重な史跡です。後ろの近代的なビルとの対比が鮮やかです。

もちろん先住民であるミックマック族の存在も忘れてはなりませんが、1700年以後のNB州の歴史と現在は、アカディアンとロイヤリストたちによって形作られたのです。

カナダで「特異な文化をもった州」というと、すぐにケベックが思い浮かぶと思います(実際、ぼくがそうでした)。確かにケベックはカナダの中でも変わっていて、とても興味深い地域ではあるのですが、実は一見地味なNB州の方がアカディアン、ロイヤリスト、先住民と、まさに三つ巴の多文化を誇っているのです。

ということで、ひとしきりセントジョンを散策したら、州都フレデリクトンまで移動し、そこから自転車旅が始まります。トランス・カナダ・トレイル(TCT)は、フレデリクトンから始まっているからです。

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↑TCTに建てられたサインボード。あともう少しでトイレとカフェがあります。

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まだ雪が残っていたプリンス・エドワード島(PEI)とは違い、6月に入っていたので暖かい日が続いていたので、TCTは地元の人たちの憩いの場となっています。

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↑やはり観光地PEIとは違い、TCTの管理も大ざっぱですね。しかし、これは仕方なし。PEIのトレイル管理は、カナダ一ですからね。NB州では広すぎて、トレイル維持にそんなにお金をかけられないという事情もあると思います。

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時々、公道と交差するのですが、ここまでくるとさすがに車の通行はあまりありません。

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セントジョン川が見えてきました。ここをさらに北上すると、ケベック州境に着きます。

↓これがNB州のトレイル沿いに出てくるハートランド橋。100年以上前の1901年に建造された「世界で一番長い屋根付き橋」です。橋の長さは約400メートル。ハートランドという町にあります。

現地では観光地として有名なのですが、日本ではほとんど知られていません。

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1945年に、人も通れるようになりました。平日でしたが、観光客が絶えません。橋を渡ると、その向こうはやがてアメリカなのです。

↓NB州のTCTは、廃線跡を利用しています。サインボードの真ん中「水色、黄色、緑色の人々」のマークは、TCTのマークです。線路にあった鉄橋なども、そのまま使われています。

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↓ハートランド橋の全景です。このセントジョン川は、ケベックのセント・ローレンス川へといざなってくれます。実際には、セントジョン川はケベックまで行かないで、対岸のアメリカ国境へと続いています。

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途中にある小さな町も、ちょっとした観光名所になっています。散策といっても徒歩5分で終わってしまうほど、小さな町です。

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↓これはまたハートランド橋とは違う橋です。こちらの方が小さくて、歩行者用通路がありません。「オールド・フローレンス・ビレッジ橋」といいます。NB州の旗が掲げられています。

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橋を越えてTCTを走っていると、当時の駅舎が保存されていました。「SHOGOMOC RAILWAY」駅と書かれていますが、何と読むのかわかりませんでした。「ショゴモック駅」でいいのかな?

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当時の列車も展示しています。若い女性が一人で来ていたので話しかけてみると、アメリカから来た鉄道好き(鉄子?)の女の子でした。すごく熱心に列車を一眼レフで撮りまくっていました。

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↑なかなかの悪路に悩まされます。

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↑セントジョン川にそって続くTCTです。対岸はアメリカという、雄大な景色が楽しめます。

この日はグランド・フォールズという町のモーテル泊。フレデリクトンからケベック州境までは、ドライブ・ウェイとして非常に人気があります。

天候に恵まれていたこともあり、ぼくも「ここは天国みたいなところだなー」と思いながら走っていました。NB州は都市部を観光するよりも、ドライブでケベックに抜けるのが楽しいだろうと思いました。宿泊したグランド・フォールズという町も、その中継地点の町として賑わっていました。

今日のご褒美は、BBQポーク・リブ。付け合わせがライスだったので日本人としてはラッキーでした。肉はナイフとフォークで簡単にほぐせるほど柔らかいです。相変わらず手作りのコールスローが旨い!

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次回はいよいよ、ケベック州に入ります!

 

コメント

  • 薬屋瓶

    色々、おっきく見えますね。天気も良さそうですね。
    日本から出たくなります。

    TCTって、涙目の団子っ鼻に見えますね。

    • 上原善広

      いやー、天気良い日しか写真撮らないだけですよ(^^;) ただずっと雨という日はあまりなくて、「雨のち晴れ、終日曇り」みたいな予報が多いです。PEIとノバスコシアくらいまでは天気予報も五分五分だったのですが、ケベックあたりから当たり始めます。東海岸は不安定で、予想しにくいのかもしれません。

  • ぽんかん

    上原さんがどんどん大きくなっていきますね!自転車だから仕方ないのでしょうが,写真が道ばかりで、最初はなんなんだろう?と思いましたが、言葉が通じない人との会話みたいなのが出てきて、やっと上原さんらしくなってきたみたい。まだまだ長いんですか?これも本になるんですか?体に気をつけてがんばってくださいね!

    • 上原善広

      そうなんですよ。もう成長期ではないはずなんですが(^^) すくすくと順調に育っています。やっぱり原稿書いてる間が問題ですね。半端じゃないくらい食べちゃいます(カナダ人もびっくりしてました)。PEIでは走るだけで精一杯でしたが、ようやくマイペースにレポートできるようになってきました。今回は夏で一旦、打ち切りますので、また帰国についてはお知らせしますね。

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