ランス・オ・メドウ

カナダ - 150年 街道をゆく

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ランス・オ・メドウ

セントジョンズ空港から、プロペラ機でディアレイクへ向かう。ニューファンドランド(ニューファン)は日本の本州と同じくらいの島なので、島内の移動に飛行機は欠かせない。

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ディアレイクへ飛ぶプロペラ機の機内

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午後12時30分、ディアレイク空港でレンタカーをピックアップすると、そのまま約400キロ北にあるランス・オ・メドウに向かう。午後からレンタカーで400キロ移動するのは、一見すると余裕のないスケジュールのようだが、夕暮れは午後9時頃なので問題はない。

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430号線をひたすら北上すると、やがてグロスモーン国立公園に入る。観光シーズンに入ったばかりなので、走っている車もまだそう多くはない。

国立公園に入ると、すぐに標高806メートルのグロスモーン山が見えてくる。標高800メートル台というのは、高度でいえばそうないように思うかもしれないけども、実際に見ると、周囲に高い山がないためか異様に大きく感じる。

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↑ほとんどの入江からは氷山が見える

国立公園を縦断する430号線は、そのままニューファン最北のランス・オ・メドウまで続いている。実際には最後に436号線に入ってランス・オ・メドウにたどり着くのだが、この日はその手前にある宿まで車を飛ばした。最高時速は90キロまで出せるので、6時間ほどで着くことができた。

この日はミキ・エンタープライズのIさんの紹介で「ヴァルハラ・ロッジ」というB&Bに入る。

「ヴァルハラ」というのは、上演するのに四日間かかるワーグナーの壮大なオペラ「ニーベリングの指輪」に出てくる、神々の世界の宮殿のことだ。古ノルト語では「戦争に倒れた戦士の住居の意味」だそうで、ノース人(ヴァイキング)たちは勇敢な死を遂げて、このヴァルハラに迎えられることを名誉と考えていた。

ニューファン最北の地にあるロッジとしては、なかなか壮大な名のついたロッジだけども、実際の「ヴァルハラ・ロッジ」は全4室しかない、木造の小さな可愛らしいB&Bだった。

ロッジに入ると初老の男性がいたので予約していたことを話すと、自分はここのオーナーではなく客だという。

「ドアのところに宿泊者の名簿があったでしょう。あなたの名前は?」

「ウーハラです(英語だとこう言わないと通じにくい)」

「えーと、フライディという部屋だね」

「部屋の名前がフライディですか?」

「そう。どうもニューファンドランドの言葉みたいだね」

確かにつづりが若干、正式な?英語と違っている。初老の客はアメリカから来たと言う。

しかしヴァルハラといい、なかなか凝ったオーナーなのかもしれない。

こうしたオーナーやスタッフ不在の宿は最近増えてきていて、客が勝手に入って指定された部屋に入ることになっている。鍵は部屋の中だ。何か用事があるときは、廊下などに設置されている電話をとると、オーナーのところにかかるようになっている。そしてオーナーが時々、宿に立ち寄った際に精算を済ませるというシステムだ。確かトロントでも、こうしたシステムの安宿に泊まったことがある。いま流行りの民泊も、そうしたシステムを使っている。

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↑ロッジの食堂(朝食)

「ヴァルハラ・ロッジ」は、一泊110カナダドルくらい。もっと豪華な部屋もあったが、私は一人なので、一番安い部屋にしてもらった。もっとも豪華な部屋は、部屋から海が見え、氷山が漂っているところも見られる。

翌日、再び車に乗ってランス・オ・メドウを目指す。ニューファンでの目的は、このランス・オ・メドウに行くことだったから、ようやく来られたと感慨深い。

しかしニューファンはやはり、近いようでいて遠い。トロントからでも3時間半の飛行となるし、私のようによほどの北国好きでないかぎり、なかなか来る機会もない。

ガイドのIさんによれば、初めてのカナダでニューファンに来た日本人の中には、カナダに幻滅して帰る人もいたという。確かにトロントやバンクーバーのような都会を想像してくると、ニューファン最大の都市であるセントジョンズもただの田舎町だし、この北の島には特に見るべきものはなかったのかもしれない。

しかし私などは「見るべきものがないから、いいのだ」と思う。日本では北海道がもっとも好きな土地だが、特に好きなのは道北である。これは道北には何もないからである。実際にはいろいろとあるのだが、観光地の多い道東などと比べると、同じ北海道でも道北は、一般的な人々にとって何もないに等しい。実際には、その旅人が何を見て感じるのかによって変わってくるのだけども……。

そういう私も22歳のとき、初めての海外であるアラスカに来たときは、激しいホームシックに悩まされたことがある。アンカレジならまだ都市部なのでそうショックもなかったかもしれないが、ホーマーという田舎町だったので、基本的な食事もあまり選べないこともあり、あまりの文化の違いにかなり深刻に落ち込んだ。

では今、それを克服したかといえば、そうともいえない。今でも旅先では深刻なほどの孤独感に襲われることがあるけども、一方で「ここは天国ではないだろうか」と思うような景色や人に出会うこともある。それを知っているからこそ、また一人で旅に出ようと思うのだ。極地や僻地ではヒリヒリとした孤独を感じるが、人が多い都会の中にあっても、また違う孤独感がある。僻地での孤独感はときに爽快だけども、都市での孤独は病的だ。孤独にもいろいろあるのだと思う。

 

セントジョンズの街並みと、特色にとんだ食事、グロスモーン国立公園の散策もいいが、この旅にとってのニューファン最大の見所といえば、やはりランス・オ・メドウだろう。それはこの地が、北米でも最初にヨーロッパからの入植が行われた歴史的な場所だからだ。

ランス・オ・メドウは1960年、ノルウェー人のヘルゲ・イングスタッド夫妻が、北欧に伝わるサガ(伝説)を元に発見したノース人(ヴァイキング)の遺跡だ。ヨーロッパ人による北米大陸の初到達はコロンブスだというのがそれまでの定説だったのだが、イングスタッドの発見によりそれが覆った。コロンブスよりも約500年前、つまり1000年前にすでにノース人がここに到達していたことが証明されたのだ。

コロンブスの航海はその後の入植地戦争の発端ともなったから、ノース人たちが初めてヨーロッパからきたといって、その歴史的意義が低くなることはない。しかし北米の歴史にとって、ノース人たちの痕跡は新たなページをつくったといっても良いだろう。

ランス・オ・メドウとは、フランス語で「クラゲの入江」という意味で、この辺りにフランス語地名が多いのは、後にフランスとイギリスで入植戦争があったためだ。

私がこのランス・オ・メドウの史実を知ったのは、前回のカナダを旅している途中で、資料を読んでいて気が付いたのである。だから二回目の旅ではあるが、とりあえずニューファンに来ないとカナダの旅は始まらないと考え、訪ねることを決めたのだった。

この日は幸いにも快晴だった。ニューファンに滞在中、晴れたのは2日だけだったが、その1日がこの日だった。「ヴァルハラ・ロッジ」からは10キロほどと近い。

駐車場にはすでに車が数台止まっていた。インフォメーションセンターで11ドル少しを払って入ると、そのまま建物を通り抜けて、再現されたノース人の住居跡に行くことができる。歩いて10分ほどだ。

建物を出ると、荒涼な風景が広がっている。海からの風が強く、小さな木々はみななぎ倒されたように一方向に傾いたままだ。遠くに氷山も見える。

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↑中央左側に氷山が小さく見えている

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再現されたノース人の住居は、作業場などを入れて4つほどに分かれている。母屋の中に入ると、当時のノース人の格好をしたスタッフがいて、いろいろと解説してくれる。5人ほどの客がいたが、すぐに解散したので、スタッフと少し話をした。

 

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↑説明してくれるスタッフ。中央の雑魚寝部屋。

「ここは一年中、開けているんですか」

「いえ、5月から10月までです。この辺りは、冬は雪がすごいですからね」

「2メートルくらい積もりますか」

「そんなもんじゃない、この家の屋根から屋根まで歩けるほどだから4メートルくらいあります。しかも海からの風が強いから大変ですよ」

「しかし、この再現された家は、冬の間よくもっていますね」

「このノース人の家は、当時使っていた材料を参考にして25年前に建てられましたが、それ以来一度も修繕したことがないんです。それくらい丈夫なんですよ」

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「この壁ですけど、材料は土ですか」

「まず芝土を切り出して、積み上げます。一つ積むたびに砂利を間に敷いて、積み上げていきます。あとは木材で角度を作って、どんどん積み上げていくんです。雨がふっても、木材を通って壁の土が吸収するので、雨漏りもしないですよ。ここは90パーセントが当時のままで造られています。違うのはここで燃えているたき火だけです。これはガス火ですからね」

なるほど、よくできている。カナダの国立公園は、その場所にもよるけども、たいていは完璧なまでに整備され、よく勉強している優秀なスタッフが常駐している。ノース人の家の中は、火を焚いているために暖かくて、強い風もまったく入ってこない。越冬はじゅうぶん可能だっただろう。

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↑女性の部屋

中央に一軒の母屋があるのだが、中にあるもっとも広い部屋は一般のノース人たちが雑魚寝する住居だ。そしてもう一つの部屋は有力者が使い、もう一つは女性の部屋だったという。他にも作業小屋がいくつかあり、鉄も精製していたとされる。ただし、このランス・オ・メドウには2、3年しかいなかったようで、地元の先住民との争いから破棄したと推測されている。

また今年になって、ランス・オ・メドウから南に数百キロ下ったニューファン南端のポイント・ローズからもノース人(ヴィキング)の住居跡が見つかっている。ニューファンでの発掘は、その厳しい自然環境からなかなか進んでいないが、その気になればもっと様々な場所からノース人の遺跡が発見されるだろう。

まさに「カナダはニューファンドランドから始まった」と言って良いと思う。

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夕食は、ランス・オ・メドウからさらに北に数キロいったところにある「ノースマン・カフェ」に寄った。肉料理もあったが、スタッフのお薦め「タラのムニエル」に決めた。

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「コッドタン」などはまだしも、タラのムニエルなどは、日本の自宅でもできると思ったのだが、「ノースマン・カフェ」のタラ料理はうまいと聞いていたので注文した。しかし、期待通りに素晴らしい味だった。冷凍していないタラを使い、みずみずしいがペタッとはしていない。味はついていないので、卓上の塩と胡椒で味付けをする。

このレストランは、ニューファン最北の入江にある。窓からは海辺が見渡せ、夕日が見える。午後8時だったので陽は暮れかけていたが、まだ日暮れには時間がありそうだ。

このレストランから見る夕日はとても素敵だろうと思ったが、一人だと感傷的にすぎるので、手短に支払いを済ませて車に戻った。

 つづく

 

コメント

  • 大矢知 慶子

    素晴らしいカナダの自然、満喫されていますね。写真がとても美しいです。
    また、地名の説明がたいへん分かりやすく、文章をなりわいとされる方らしいと思いました。

    • 上原善広

      コメントありがとうございます。地名については、日本を旅し始めた頃から注意するようになりましたので、それが生きているのだと思います。カナダの地名については他にも沢山あるのですが、書ききれていません。また面白い地名があったら書き込みますね。

  • 稲元辰雄

    10年前にトロント、モントリオール、ケベック、カナディアンロッキーを旅した。特に、ケベック州のセントローレンス川を見たとき海のような広さで汽船が航行していたが、10月とはいえ寒々とした風景に初めて見る北の地の厳しさを感じた。筆者はそれよりも北方での取材旅行だから、明確な目的がないと辿り付けない場所だと思います。いい取材と紹介をお願いします。それにしてもカナダは広大ですね。

    • 上原善広

      確かに「世界2位の広さ」と頭ではわかっていても、実際に旅してみないとピンとこないものですね。観光だけでないカナダの魅力を探っていきますので、また時々のぞいてみてくださいね。

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