トロント①

カナダ - 150年 街道をゆく

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トロント①

ニューファンドランドからトロントに飛んだ。

ディアレイク空港でレンタカーを返してから、ハリファクスで乗継をして、ようやくトロントに着いた。やはりカナダの中でも、ニューファンドランドは遠いという事実を、改めて実感する。

トロントは大体、東京の23区内と同じ大きさだという。トロントといっても広いので、東京と比べるのはあまり意味がないが、旅人が動く範囲はダウンタウン内に限られるので、東京23区と比べようがない。

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ユニオン駅前のフェアモント・ホテル。ニューファンからくると驚くことばかりだ

空港からは、UPエクスプレスという鉄道でユニオン駅まで出て、そこから徒歩でホテルに向かった。当初、UPは片道25ドルほどするとガイドブックにあったので、タクシーの半額程度だから、タクシーでもいいかと思ったが、今年3月から値下げして12ドルになったことがわかったので、迷わずUPでの移動にする。

ニューファンという、人間よりもムースの方が多い島からトロントにくると、あまりの人の波に驚いた。ダウンタウンを歩いていても、やたらと人とぶつかってしまう。ホームレスはもちろん、街頭での宗教の勧誘やパフォーマンスねコインをせがむ黒人やプア・ホワイトの人々は、前回の旅でも見慣れた光景のはずだったが、ニューファンずれした私の目には、どれもが奇異な光景に映った。

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ユニオン駅前で開かれていたバザー

トロントはしばらく滞在する予定だったので、まず最初のホテルは安宿をとった。ニューファンと同じように、オーナーやスタッフはいないので、ドアに書かれた名前と部屋番号を確認してから部屋に入る。共同キッチンがついているので、自転車に乗ってチャイナ・タウンに買い出しに行く。

大都市でキッチン付きの宿に入ると、チャイナ・タウンへ買い出しに行くのが習慣になっている。日本の食材に近いものが手に入るし、ウィンドウに吊るされている焼豚や鳥の丸焼きなどの量り売りも、べつに買わなくても見ているだけで楽しい。新鮮なアジア系の野菜なども手に入る。カナダのスーパーではだいたいにおいて魚介類のコーナーが貧相だが、チャイナ・タウンのスーパーでは肉類と同じくらい豊富である。店員の愛想がないのは、カナダならどこも同じだ。

トロントのチャイナ・タウンでは、ネギやチンゲン菜、ヌードルなどを買い込んでホテルに戻る。旅先ではどうしても外食ばかりになるので、これで一息つける。

作るメニュはヌードルに野菜や肉をぶち込んで煮込んだものを基本にして、一枚4ドルほどの安いモモのステーキやパスタを繰り返す。米が食べたくなったら、近くのモールに入っているフードコートでチャイナ・フードを探す。米を炊くのは面倒なので、これだけは外食で済ましてしまうというわけだ。

当面の生活の目途がたったところで、トロントの街を歩いた。

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雲がかかるほどの高層ビルやマンションが多い

私にとってトロントとは、メジャーリーグのトロント・ブルージェイズと、グレン・グールドに尽きる。

私はクラシック音楽をよく聴くが、特に詳しいわけではない。名盤CDを適当に買ってきて、原稿を書くときに流しているだけだ。

だからグレン・グールドの存在を知ったのも10年ほど前のことで、昨年亡くなった作家、車谷長吉の芥川賞候補にもなった中編『萬蔵の場合』の中で知ったのだった。小説はサラリーマンをしている小説家修業中の主人公が、偶然出会った不思議な女に翻弄されていくという話なのだが、その女から部屋でグールドのレコードを聴こうと誘われるシーンがあったのである。

何気ないシーンだったが、私は、グールドというピアニストはきっと、素敵な音楽を奏でるのだろうと思ったのだった。

それからしばらくはグールドを忘れていたのだが、長崎県島原を旅しているとき、車の中でかけるCDを探していて、ある量販店でグールドのバッハ集を中古で売っていたのを見つけた。そして、それを聴きながら島原を回ったのだった。

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↑CBC(日本のNHK)前にあるグールド像

それからよく聴くようになったが、原稿を書きながら流すにはグールドのピアノはあまりにも独創的過ぎて、クセが強い。だから移動のときなど、集中して聴けるときだけ流すようにしている。

グールドがトロントに生まれ、生涯のほとんどをトロントで過ごしたことはよく知られている。グールドについては、評伝や評論がたくさん邦訳されているが、彼の音楽がすぐ近くにあるニューヨークでなく、カナダのトロントで生まれたというのは、やはり意味あることだと思う。彼自身はトロントに住み続けることについて「単に便利だから」と語っているが、トロントという「北の緯度」に影響があったとも語っている。彼が北をテーマにしたラジオ・ドキュメンタリーを作っていることも、よく知られている。

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トロントにある彼の生家を訪ねた。

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トロント東部にあるビーチズ地区にある閑静な住宅地だ。ここを訪れた人は、意外にもこじんまりした一軒家に驚くそうだが、同時に、その質素な佇まいに彼の音楽のルーツを見ることもできる。もともとはゴールドという姓だったが、ユダヤ人であることを隠すため、グールドと読みを変えた一家は、幼少期から天才だったグールドの教育に全てをつぎ込んだ。現在は住んでいる人がいるので中は見れないが、外観だけでも一目見に来るファンも多いという。

ビーチズ地区の大通りは、今でもいろんな店が開いていて賑やかだ。その名のとおり、湖のビーチ沿いにある地区で、今でも散歩したりビーチで遊んだりして過ごす人が多い。ダウンタウンからは少し離れているので、観光客はほとんど見ない。話によると、地名を巡って「ビーチ地区」にするか、「ビーチズ地区」にするかで数年前に住民投票が行われたそうだが、結局、ビーチズになったそうだ。しかし、今でも公的な表記でもたまにビーチ地区とあるから、まあ、その曖昧さがカナダの良いところだろう。

生家を訪ねてから、次に彼の墓に向かった。これもトロントのマウント・プレザント墓地にある。父母と一緒に葬られている。

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墓の前には彼のデビュー曲であり、彼のレパートリーの中でもっとも有名な「バッハ ト長調四分の三拍子 ゴールトベルク変奏曲」の最初の三小節が刻み込まれた石板が埋め込まれている。意外なことに、グールドの墓の回りは中国系カナダ人の墓が多い。この墓地はほぼ時代順に並んでいるので自然にそうなったという。この広大な墓地もビーチズ地区と同様、市民が散歩したり、自転車で走り回っている。日本の墓地のイメージとはまったく違う明るい雰囲気だ。

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最後に、生前の彼がよく通ったという行きつけのレストランに行った。これはダウンタウンのど真ん中にある「フラン」という店で、ここでは毎回、目玉焼だけを注文したことで知られている。

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入ってみると、60年代オールディーズな雰囲気のダイナーだ。レストランは1940年代、アメリカのバッファローから移住してきたフランシスという男が、ダウンタウンの中でもポケットに入っているお金程度で済む、安くて旨い料理を出したいという趣旨でオープンした。開店して75年たつという。トロント市内が事故で停電しても、市民のために開けていたという逸話も残っている。

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さすがに目玉焼は注文しなかったが、代わりにバンケット・バーガーとフィッシュン・チッブスを注文した。

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↑味はどれもかなりのクオリティ。値段と立地を考えるとかなりお薦めだ

バンケット・バーガーというのは、バーガーにベーコンやチーズが入ったもので、メニュにはこの店がカナダ発祥だとうたっている。どれも13ドルほどだから、ダウンタウンの中心地にあるわりには、安いレストランだといえるだろう。地元の客で賑わっているが、決して満席にはならない。

グールドはこういうところが気に入っていたのかもしれない。

 

コメント

  • 野澤 遥

    いつも楽しみに読ませていただいています。グールドのことはあまり知らなかったのですが、生家もお墓も訪ねて行かれたので、ファンなのかなと思いました。チャイナタウンで買い物をすると野菜が手に入りやすいというのも、ちょっと考えたらそうだなと思いますが、旅先で自炊することはあまりないので、なんだか新たな発見のような感じがしました。

    • 上原善広

      コメントありがとうございます。とくに熱心なファンというわけでもないのですが、聴くのは好きですね。旅先でキッチンがあると、市場に行くのがとてもリアルな楽しみになります。もし料理するのがお好きなようでしたら、お薦めです。

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