VIA鉄道トロント~ウィニペグ

カナダ - 150年 街道をゆく

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VIA鉄道トロント~ウィニペグ

ホテルに戻ると、荷物を整理してユニオン駅に向かった。これからVIA鉄道で、ウィニペグまで移動するのだ。

この旅はできるだけ自転車で全行程を行きたかったのだが、前回の東海岸で思わぬ時間をとってしまったので、今回は大きくショートカットすることにした。自転車なのか、取材をとるのか。これは難しい判断だった。

全行程を自転車にこだわり過ぎると、かえって視野が狭くなると思い、今回は臨機応変にして変えていくことにした。ただし、できるだけ陸路という線は変えたくないので、カナダ中央平原部はVIA鉄道に乗ることにしたのだった。

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もちろん理由はそれだけではない。カナダの歴史は、まさに鉄道とともにあったからだ。

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カナダが国家として成立するためには、西部への進出が命題だった。オタワ政府は、西部開拓のために、ウクライナをはじめとする、あらゆる国から移民を積極的に受け入れていた。

彼ら移民は当初、馬車などで移動して行ったが、やがてカナダ中央平原部に達すると、今度はカナダ横断鉄道に乗ってやってきた。ウィニペグまで延ばされた横断鉄道は、その後も西へと延ばされた。この鉄道建設には中国移民をはじめ、少数だが日系移民も携わっていたと言われている。

そしてこの横断鉄道の完成こそ、カナダが大陸横断国家として建国されるために、絶対に必要な事業だった。

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ウィニペグまでの路線は、1882年に完成している。一日に10キロも線路を敷きながら、鉄道は西のブリティッシュ・コロンビア(BC)州を目指した。鉄道建設が決定する以前の1870年、BC州はまだカナダに参加しておらず、大陸横断鉄道がBC州まで延びるのがカナダへの参加条件の一つだった。

それまでのBC州は、ゴールドラッシュも数年で落ち着いてしまい、経済的にも巨額の負債を抱えて落ちぶれていた。1867年、アラスカがロシアよりアメリカに売却されたこともあり、BC州は南北をアメリカに挟まれ、またオタワ政府とはロッキー山脈と広大なプレーリー地帯を挟んで孤立していた。

そのためBC州はカナダへの参加か、アメリカへの編入かを迫られていた。実際、BC州のゴールドラッシュでやってきていたのはほとんどがアメリカ人だったし、生活物資や郵便などもアメリカ経由で輸送するしかなく、通貨もアメリカドルが使われていた。

しかし、大陸横断国家を目指すオタワ政府は、BC州の政府代表団と大陸横断鉄道の建設を約束、これにより1971年7月、BC州はカナダ連邦に参加することになる。そしてカナダ横断鉄道も、ロッキーの難所を何とかクリアして、当初の予定より5年以上遅れた1855年11月7日に完成したのだった。

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↑大陸横断鉄道のラスト・スパイク(最後の釘)を打ち付けるドナルド・スミス(筆頭株主)。斜め左後方にいる黒ひげの人物が「鉄路の皇帝」と呼ばれた鉄道建設の総監督ウィリアム・ヴァン・ホーン。

だからカナダ横断鉄道なくして、カナダ建国はなかった。それが現代に残っているのが、VIA鉄道のカナディアン号なのである。

現在の大陸横断鉄道は、貨物以外は観光列車の色合いが強いが、それでもこの鉄道が多くの中国人労働者の苦労の元に建設され、カナダ建国に一役買ったのは間違いない。ちなみに当時、過酷な労働で鉄道建設に投入された中国人労働者については、2006年になってカナダ政府が公式に謝罪している。

だからカナダの歴史街道をゆくこの旅でも、大陸横断鉄道は大きな意味をもつといえる。

 

VIA鉄道ではカナディアン号が、トロントからバンクーバーまでを4泊5日かけて行く。夜10時出発ということもあり、ウィニペグまでは2泊3日だ。

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VIA鉄道の旅は、トロントやバンクーバーからだと、ジャスパーまで乗るのが人気のコースだ。ゴールのジャスパーはリゾート地として有名で、ゴール地としては理想的だからだ。しかし、この旅ではちょうど中間地点にあるウィニペグで下りることにした。

トロント中央駅であるユニオン駅は、広くてごちゃごちゃしているので、日本の東京駅のようにかなり迷うだろうと思って早めに出かけたのだが、VIA鉄道で寝台車クラスの客にはビジネス・ラウンジが用意されていて、そこで出発まで待つことができると係員が教えてくれた。東京駅にも、こういう場所をあれば便利だろうなと思う。

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別室のビジネス・ラウンジでは飲み物は無料で、ソファ席がたくさんあるのでゆっくりすることができる。Wi-Fiもつながる。

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日本では東京五輪に向けてWi-Fi整備を急いでいるというが、とても間に合わないのではないかと思うくらい、カナダではWi-Fi環境が充実している。

私もこの旅のために、これまでガラケー派だったのを、ついにスマホに変えてきた。だからカナダのWi-Fi環境の快適さにはずいぶん助けられた。日本の空港ではどこでもWi-Fiにつながるルーターを1日1000円ほどで貸しているが、長旅だと割高になるので現実的ではない。

だから渡航前は、このブログの更新もどうなることかと心配したが、ほぼ全てのホテル、公共施設やファーストフード店などでも繋がるので、まったくの杞憂だった。

 

出発1時間半前になると、係員がきて、一人一人の食事時間を訊ねてくる。

車内の食事は、昼食と夕食がそれぞれファースト、セカンド、サードと3つの時間帯に分かれている。例えば夕食だと、ファーストは午後5時から。セカンドは7時くらい。サードだと8時半くらいになる。朝食は6時半から9時までの間なら、いつ来ても良い。

日本では食堂車はもう無くなってしまったこともあり、鉄道の車内食堂自体、私は初めての体験だ。

出発30分ほど前になると、係員が呼びかけて、ぞろぞろと皆でプラットホームに向かう。ビジネス・ラウンジを使える乗客はスリーパー・クラスの客だということもあり、ほとんどが高齢の人だ。カナディアン号自体、観光列車としての要素が高いので、自然とこうなる。

指定された12番ゲートのエスカレーターを上がっていくと、銀色の武骨で大きな車体が見えた。それがカナディアン号だった。

チケットには「133 A」と書かれてある。私はスリーパー(寝台車)の一人個室だったので、これは「133号車 A号室」という意味だ。指定された車内に入ると、すぐの部屋がA号室だった。

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「通路がやたらと狭い」という話を聞いていた。確かに狭いが、そのぶん部屋をできるだけ広くとってくれているから、そう気にならない。部屋に入るとすでにベッドになっている。トイレは個室に付いていて、シャワーだけ共同だ。

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カナダ在住のガイドさんから「VIA鉄道は2等席がお薦めですよ。みんな通路に寝たりして、わいわい楽しく過ごせる」と聞いていた。

正確にいえば、これは「エコノミークラス」のことだ。普通の座席だが、新幹線のグリーン車くらいの広さがある。その日にもよるが、ほとんど空いているので、座席を4つ独占して寝たりもできる。このクラスは地元の人も使うので、いろいろな人と交流するには楽しい。

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↑荷物室。大きな荷物は預かってもらえる。

しかし、日中だけならまだしも、1泊以上だとかなり体力的に厳しい。車内を見て、正直いってスリーパー・クラスで良かったと思った。エコノミーだと駅に止まるたびに新しい人が乗ってくるので貴重品の管理などに問題があり、電子機器など大量に持ち歩いている私にはとても無理だと思ったのだ。その点、スリーパー・クラスの個室だと内側から鍵がかけられるし、各車両に車掌が一人ついているので、盗難の心配はほとんどない。

個室内は、ベッドが一つあるだけで一杯だ。とりあえず横になるが、落ち着かない。そのうち静かに景色が動き始めたので、出発したのだとわかった。午後10時ちょうどだった。

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↑ラウンジと、いつも置いてある軽食

トロントを出た初日は、夜出発ということもあり、すぐに寝るしかない。車窓もしばらくはトロントの街の灯がぽつぽつと見えていたが、やがて暗くなって何も見えなくなった。窓を開けたままだと、寝ている間にどこかの駅に着いたら丸見えなので、8割ほどブラインドを下げて、朝になると外の明かりが入るようにしておいた。私は疲れもあって、眠剤を飲むとすぐに眠ってしまった。

翌朝は快晴だった。午前6時半頃に起きてブラインドを開けると、森林地帯を通過しているところだった。

さっそく食堂車に行くと、もうほぼ満席だった。ただし食堂車は相席が基本だから、一席でも空いていたら、そこを案内してくれる。

同席したのは中国人夫婦で、トロントからジャスパーまで行くという。

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「失礼ですが、カナダ生まれですか」

「いえ、10年前に香港からバンクーバーに移住しましてね。今回は旅行なんですよ。飛行機でトロントまで飛んで、それからこのVIA鉄道で戻るのです。あなたは中国系ではないですよね。韓国の方?」

「いえ、日本人です」

「そうだと思いました。バンクーバーは日本人が多いですからね」

「でも、中国系の方のほうが多い。チャイナ・タウンにはよく行きますよ」

「中国料理はお好きですか」

「ええ、大好きです。カナダの中国料理はちょっと脂っこいですけどね」

「そうですか?」

「ええ、ほら、モールとかに入っているでしょう。ライスかヌードルに2品か3品選んで食べる中国系のファーストフード」

「ははは、確かにあれはオイリーですね。しかし、バンクーバーのはもっと美味しいですよ」

「ええ、20年前に滞在したことがあるので知っています。中国式の朝食とか、よく食べに行きましたよ」

「しかし、この食堂車には日本食はなさそうですね」

「日本食はないとしても、中国式の粥がないのが残念ですね」

夫婦で来ているが、夫人のほうは恐ろしいほど無口で、愛想笑いもしない。仕方ないので、夫の方ともっぱら話した。

「ところで、ジャスパーまで行かれるのでしたら、そのままバンクーバーまでVIAで行かないのですか」

「ええ、ジャスパーからはバスで戻ります。バンクーバーの自宅近くに行くバスがあるので、その方が便利なんです」

朝食は3種類から選べる。コンチネンタル、オムレツ、パンケーキなどで、コンチネンタル以外は毎朝違うメニュに切り替わる。軽くしたい人は「トースト2枚にヨーグルトを」などとアレンジして注文する人もいる。スリーパー・クラスの食事は、基本的に3食ともチケット代に含まれている。

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朝食を終えると、すぐにパーク・カーに移動してみた。2階建ての構造になっていて、屋根全体がガラス張りで景色が良く見える車両だ。前後に一つずつしかないが、たいてい座れるし、満席でも下のラウンジで飲み物を注文して待つこともできる。アルコール以外は無料だ。

乗ってしまうと、あとは三つくらいしか楽しみがない。景色か、食事か、睡眠だ。

だから朝食をとってコーヒーを飲み、中国系カナダ人の夫妻と別れ、パーク・カーで景色を楽しんで個室に戻ると、もう昼食のファースト・コールがきた。ファースト・コールは午前11時だ。私はセカンドにしていたので、しばらく個室で寝ころびながら景色を眺めた。

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↑パークカーからの眺め。一番前の席からは、このように見える。

12時過ぎにセカンドのコールがきたので、また食堂車に戻る。食堂車は122号車付近にある。私は113号車だったので、10車両くらい歩いて行かなければならない。通路も狭いし、対面に人がいたらどこかに避けて互いに譲り合うから、食堂車に行くのに10分ちかくかかる。面倒だけども、車内ではほとんど歩くことがないので運動には良い。

昼食は4食から選べる。前菜にスープかサラダを選んで、それからハンバーガー、サンドウィッチなど好きなものを注文する。ハンバーガーといってもダイナーで食べるような本格的なものがくるし、サンドウィッチといってもパンのそれではなくて、揚げたてのフライドチキンをピタというクレープのようなもので巻いたものだった。ベジタリアン用に昼食用サラダも用意されている。単調な列車の旅では、食事は楽しみの一つだから、それぞれ本格的なものが用意されている。

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↑この日選んだのはエビとホタテのソテー。

スリーパー・クラスは、一人個室だと例えばトロント~バンクーバー4泊5日で20万円くらいする(エコノミーで7万円程度)。過去の日本の寝台車(東京~札幌)に比べて4倍ほどするが、これは単純に考えて、そのまま移動距離が4倍くらい長いためだ(トロント~バンクーバーまでは4500キロほど。東京~札幌で1200キロほど)。

カナダの交通費は、もっとも安いバスでもそう格安さを感じないのだが、この原因の一つは、距離がとてつもなく長いということを、旅人が忘れがちだからだ。

またアルコール以外の飲み物と軽食が無料で、さらに本格的なレストランでの食事が3食ともチケット代に含まれているから、その壮大な移動距離を考えると、VIAの旅も一概に高いとは言えない。

ただし、日本の寝台車での旅もそうだったが、贅沢な旅であることは確かだ。乗客の年齢層が高いのもそのためだ。

しかし単に泊まるだけでなく、VIA鉄道だと移動自体を楽しめる。個室寝台なら日中でもベッドをそのままにして、寝ころびながら景色を見られる。旅の贅沢とは、このようなことをいうのだと思う。そうした意味ではVIA鉄道は、ヨーロッパの鉄道と同じように「大人の旅」であることは確かだ。

昼食は「バイソンのハンバーガー」にして、ワインを注文した。アルコールは別会計で、ワインは8ドル、ビールは6ドルで統一されている。それぞれ地元カナダ産のものばかりだ。

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そうこうしているうちに、今度は夕食のファースト・コールだ。午後5時である。

夕食はプライム・リブ・ステーキにした。VIAのステーキは評判が良かったのでそれに決めたのだが、確かにその辺りのレストランで食べるより美味しい。大きな塊で焼いて、それをステーキの厚さに切り分けてくれているからだ。つまりローストビーフを分厚くカットしたのと同じで、これはもっとも上手いステーキの焼き方でもある。

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このとき同席になったのは、ドイツからの団体客で、やはりトロントからジャスパーまで行くという。団体客には若い人もいたが、だいたいは高齢の人だ。ドイツ人は控えめで、アメリカ人のように愛想良いとはいえないが、添乗員の女性だけは愛想が良かったので、いろいろと話しながら夕食を共にした。ドイツ人だけに、やはりビールを注文する人が多い。

添乗員が、私に「あなたはどこから来たの?」と訊いてきたので、「日本からです」と答えた。

「日本語はあまり知らないわ。ありがとうございます、くらいね」

「あなたはドイツ人ですか」

「いえ、私はカナダ人よ」

「しかし、ドイツ語が話せる」

「ドイツ語、フランス語、イタリア語、スペイン語が話せるの」

「それはすごい。いったい、カナダのどこのご出身なんですか」

これはニューブラウンズウィックなどの出身だと、もともと英語とフランス語ができるので、そう訊ねたのだ。

「もともとはイギリスのロンドン出身で、今はトロント東部に住んでるの」

「イギリス人だったんですか。語学に優れているんですね」

「だけど、日本てなんであんなに物価が高いの?」

「ぼくはカナダの方が高いと思いますよ。日本の物価はここ20年変わってないけど、カナダは倍くらい上がった。コーヒーが以前は1ドルで飲めたのに、今は2ドルで安いくらいだから」

「そうかしら。日本の方が高いわよ」

「うーん、最高級店になるとカナダとそう変わらないと思うんですが、中級店は高いかもしれませんね。例えば寿司バーとかは値段があってないようなものだし」

回転寿司があるが、それは説明が面倒なので言わなかった。

「日本はコーヒーが5ドル以上するわ」

「確かに、カフェはカナダの方が安いですね」

物価の話は難しい。その人がどのようなスタイルで日本を旅したかによって違うからだ。例えば食堂やB級グルメといわれるところを中心に旅したら、確実にカナダよりは安い済ませられる。ホテルも、ビジネスホテルは日本より安くで泊まれる。しかし中級から高級店に行く人は、カナダより高くつくだろう。タクシーも日本は割高だ。

隣に座っていた老紳士は、ボンからきたという。

「ボンというと、ベートーベンの生まれたところですね」

「そう。日本人もよく来るよ。しかし日本人旅行者は忙しいね。パッと写真をとったら、すぐに移動してしまう」

「それはまあ、ドイツのように長期休暇というものが取れないですからね。だから日本人は旅するときも、スケジュールが詰まっていないと、損した気分になるんですよ」

昼食と夕食の最後には、デザートが出る。私はチョコ・ケーキで、他のドイツ人はチーズ・ケーキを注文した。

「ドイツというと、バームクーヘンが有名ですね」

「そう、だけどカナダのデザートは砂糖っぽくて、私は駄目だね」

夕食の後、ラウンジでカントリー歌手によるイベントをやるということだったが、これは遠慮して、私は早々に個室に戻った。

風景はあれから徐々に変化して、今は広大なプレーリー地帯に差し掛かっていた。プレーリーとは、カナダ中央部にある広大な平原のことで、起伏があまりなく、延々と小麦畑が続いている風景のことだ。「カナダの穀物庫」とも呼ばれているが、近年はオイルなど地下資源が出ている。

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ウィニペグに着いたのは、2泊3日後の早朝7時だった。午前8時着の予定が、一時間も早く着いた。これはトロントのあるオンタリオ州からマニトバ州に入ったので、時差が1時間戻ったためだろう。

ドイツ人観光客と別れ、私はウィニペグに下りた。

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↑VIA鉄道のウィニペグ駅

つづく 

コメント

  • 冨田信夫

    いつも楽しみに拝見しています。数年前、仕事の関係でカナダに住んでいたのですが、休暇を利用して夫婦でVIAの旅をしました。ジャスパーからバンフまでの行程がいちばん楽しめました。VIAの記事が懐かしくて書き込みました。このあとも安全な旅を続けて下さい。

    • 上原善広

      コメントありがとうございます。今回はややマニアックなトロント~ウィニペグ間のレポートでした。ジャスパーからバンフとは、羨ましいかぎりです。今後ともどうかよろしくお願いいたします。

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