2017年、カナダは建国150周年を迎えます。
それを記念して今回、カナダの歴史的なルートをつなげた「トランス・カナダ・トレイル」を自転車で、その他のルートは鉄道、車をつかって踏破します。トランス・カナダ・トレイル とは、廃止された鉄道をはじめとした既存の街道を、ハイキング、サイクリング用に整備した長距離トレイルのことです。カナダ建国150周年にあたる 2017年には、全てのトレイルがカナダ東西南北にわたって、一本につながる予定になっています。現在までに75%が完成、全長はすでに1万キロを超えています。
トランス・カナダ・トレイル(TCT)
全ルート: http://tctrail.ca/explore-the-trail/
この旅は、カナダ建国の地であり「赤毛のアン」の舞台でも知られる、プリンスエドワード島(PEI)のシャーロットタウンから始まります。
TCTを走りながら各都市を経て、日系人との関係も深いバンクーバーまで、カナダを横断します。そしてバンクーバーからは北上して、今度はカナダを縦断、 北極圏のイヌイットの村イヌビックを目指します。バンクーバーからイヌビックまでのルートは、ゴールドラッシュのとき、一獲千金を狙った荒くれ者たちが行 きかった街道でもあります。
さらに全ルートを見渡せば「カナダの建国と開拓の歴史」そのものになります。
今回は、このルートを2回に分け、2年かけて旅することにしました。カナダ建国150周年にあたる2017年には、この旅の模様を単行本に刊行する予定です。
このブログでは、現地のカナダの人々との出会いを通じて、広大なカナダという地と歴史を巡り、日本とも関係の深いカナダの魅力をあますことなくレ ポートします。ネットがつながるところでは可能な限りアップしていきますので、カナダ全土を回るこの旅を、ぜひ同時体験してください。
- 上原善広(ノンフィクション作家)
1973年、大阪府生まれ。主な著書に『被差別の食卓』(新潮新書)、『石の虚塔』(新潮社)、『異邦人-世界の辺境を旅する』(文春文庫)。2010年『日本の路地を旅する』(文藝春秋)で大宅壮ーノンフィクション賞受賞。2012年、雑誌報道ジャーナリズム賞大賞受賞。
※ルートをクリックしていただくと詳細をご覧いただけます。
本物のカウボーイ
「ヘッド・スマッシュド・イン・バッファロー・ジャンプ」という長ったらしい名がついた、巨大な崖を見に行った。
ここは6000年以上前から、先住民たちにとって「天然の罠」になっている。つまり、バッファローの追い込み猟をしていた遺跡なのだ。山間までバッファローを誘導したら、そのまま一気に崖まで突進させて墜落させ、何十頭も一気に獲るのである。だから崖下からは無数のバファローの骨の堆積物が出ている。その堆積層は11メートルにもなるそうだ。この猟は19世紀まで続けられていたという。
この猟をしていた先住民ブラックフット族は、なぜブラックフット族と呼ばれるようになったのだろう。実際にブラックフット族の末裔がいたので訊ねてみた。
「靴(モカシン)の裏に炭を塗って保護していたのさ。それで足の裏が黒かったので、ブラックフットと呼ばれるようになったというわけなんだ」
ブラックフット族は比較的大きな集団で、カナダの中央三州からアメリカにまで勢力が及んでいる。現在、カナダでは1万6000人、アメリカ側で1万5000人ほどが暮らしている。
↑今は使われていない、古いタイプの穀物エレベーター。建物内に小麦などを積み上げて、そのまま列車に積み込むために使われていた。
↑プレーリー地帯もそろそろ限界に近付き、起伏が出てきた。一面の菜の花畑。菜種油の英名「キャノーラ」Canolaは、「カナダ」が語源だ。それほど多く作られてきたということ。写真を撮っているのは通訳兼ガイドのH氏。
ところでカルガリーは「カウ・タウン」と呼ばれるほど、カウボーイ文化が盛んだ。実際に今でもカウボーイ・ハットに、投げ縄をもって牧場を管理している者も少なくない。
本物のカウボーイに話を聞くことができた。
会ったのはスティーブン・ヒューズという牧場主、48歳。主に肉牛を育てている。
「カウボーイ」と言う単語が会話に出てくると、「オレはカウボーイじゃない。経営者だからな。ランチャー(牧場主)か、キャトル・マン(肉牛の飼育人)と呼んでくれ」と言われた。確かにカウボーイというのは、牛の面倒を見る牧童たちのことで、彼からすれば従業員である。
スティーブンは車に乗って、いろいろと牧場内を案内してくれた。
「オレで三代目になる。ルーツはイングランドだ。祖父さんによると、イングランドは狭すぎたのでこっちに来たということだ。祖父さんは1928年にここにきて、1950年代に開墾して牧場を持った。それまでアルゼンチンやニュージーランドとかの候補もあったようだけど、アルゼンチンは社会情勢が不安定だったし、ニュージーは社会主義的すぎるってことで、カナダになったらしい。」
ところで、カルガリーのあるアルバータといえば、「アルバータ・ビーフ」が有名だ。この広いカナダの中でも、なぜアルバータの牛肉が有名なのか、その理由を知りたかった。キャトル・マンのスティーブンなら知っているだろうと、アルバータ・ビーフがなぜ有名なのか、訊ねてみた。
「この辺り、つまりアルバータ南部は何千年も前からバッファローが育ってきた。ヘッド・マッシュト・イン・バファロー・ジャンプの遺跡があるのも、もともとこの辺りにそれくらいバファローが多かったからなんだ。この辺りは冬でも生草を食べられるからね。
シュノック・ランチと言うんだけど、冬でも時々温かい風が吹くんだ。だから冬の間、干し草を食べさせるのは子牛だけで、それ以外はもともと生えている草を食べて育つ。
アルバータで牛肉が有名なのは、まず第一に冬でも生えている草があるっていうこと。気候も肉牛には最高だ。暑すぎず、寒すぎない。それと水がいいんだ。そうした良い条件が重なって、肉牛の繁殖がこの辺りでは盛んなんだよ。もちろん肉質の良し悪しには、牛の種類も重要だけどね。
他の地域でも、もちろん肉牛はできるけど、マニトバ州は雨が多すぎる。サスカチュワン州は冬が厳しすぎる。
この辺りの草は「アルバータ・バーリー(草)」っていうんだけど、草の質がすごくいいんだ。私の仕事も、とにかく草と水、この二つが重要なんだ。だから私は雨が大好きだ。6月から8月までは草がよく育つので、その間に雨がどれだけ降るかが問題だ」
↑カウボーイたちに指示を出す〝キャトル・マン〟スティーブン。
ところで、カナダやアメリカの牛の問題点は、ほとんどの牛に成長ホルモンを打つことだ。これは日本でも問題になっている。
その点を訊くと「うちの牛には打ってないけど、確かにほとんどの牧場では成長ホルモンを使っている。だけど成長ホルモンも悪いことばかりじゃないんだ。例えば成長が速いので草の保護にもなるし、出荷のときにはほとんど消えているからね。使うことで、いいこともあるんだ」と言う。
「うちの牧場では、出産なんかもできるだけ自然に任せている。双子で逆子だったりしたら、もちろん手伝うけど、そうしたケース以外はほとんど自然に生まれて育てる。だからアルバータ牛は健康でうまいんだよ。日本の和牛の方が、よっぽど不健康に育てられてるんじゃないか?」
ちょうど「牛を捕まえに行くので見に行こう」と言って、スティーブは車に乗って牧場を走った。見渡せる山々は、みなスティーブの牧場のものだ。
牧場の中心部にくると、牛が集まっていて、そこに本物のカウボーイたちがいた。
↑カウボーイのダスティン。後ろの二人はスティーブンの娘さん。
ダスティンという二十代くらいのカウボーイで、もう一人は、勝手に付いてきて居ついた男だという。他にも十代の少女が二人いるが、彼女らはスティーブンの娘さんだ。
↑下の娘さん。まだ14歳。
投げ縄を使って、子牛を捕まえているところだった。あの映画などで見るように、くるくると投げ縄を回して、器用に投げて捕まえている。最近、眼病が流行っているので、その処置をするために捕まえているのだという。
↑投げ縄をもって牛に近付くスティーブンの上の娘さん、16歳。
下の娘さんは投げ縄が少しぎこちなかったが、上の娘さんは見事に投げ縄で子牛を捕まえた。母牛が興奮して子牛に向かおうとするのを、他のカウボーイたちが防ぐ。
捕まえた子牛は、確かに、片目が赤く腫れていた。薬を付けた湿布のような布をその目に貼り付け、眼帯のようにする。布がうまく張り付いたら、牛を放してやっておしまいだ。
↑子牛を捕まえたスティーブンの娘さんと、子牛を処置する助手のカウボーイ。
牛は茶色のまだらと、黒毛の二種類がいるが、どちらもアンガス種で、肉質に違いはないという。顔が白いのだけはハートフォード種だという。
牧場は全部で5500エーカーある。1エーカーがだいたい1000坪だから、かなり広大である。カウボーイは馬に乗って全てを見回りして、牛に異常がないかチェックしなければならない。呑気な仕事のようでいて、なかなかの重労働だ。
↑カウボーイのリーダー、ダスティン。さすがに堂々とした風格だ。
スティーブンに礼を言って別れると、ロッキー山脈に向かうことになった。
つづく
カナダ ―150年 1万キロの旅
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コメント
初めまして。カウボーイというとアメリカ合衆国のイメージですが、カナダにも従事する人がいるのですね。「イングランドは狭すぎたのでこっちに来た」というおじいさんの言葉に、いろいろな思いが込められているような気がしました。牛や牧草の管理は、カウボーイの荒っぽいイメージと違って、なかなか繊細な仕事なのだと思いました。興味深いレポートでした。
コメントありがとうございます。カナダの中でもアルバータは肉牛で有名なので、特にカウボーイ文化が残っているのだと思います。のんびりした仕事だと思っていたのですが、当たり前ですが日本でいえば「畜産農家」ですから、大変ですよね。カナダでも日本と同じように、この畜産農家の後継者が少なくなっており、問題になっていると話してくれました。カウボーイも一つの文化なので、これからも残していけたらいいなと思いながらレポートしました。