ブログ再開 バンクーバー① パウエル祭など

カナダ - 150年 街道をゆく

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ブログ再開 バンクーバー① パウエル祭など

今回は旅行記本の執筆のため、長らくブログを休んでおりました。このブログを楽しみにしてくださっていた方には、長らくお待たせして申し訳ありませんでした。

本の執筆は現在、草稿が完成し、ようやく山を越えることができました。前回のカナダ旅から帰って半年ほどかかってしまったわけですが、書き下ろしということもあり、なかなか完成しない現状に、ブログを一旦休止して、本に執筆に集中していました。旅行記は今のところ五月頃の刊行を目標に、これからさらに添削などをしていきます。

再開したブログは、一週間に一度くらいの更新を目標に、北極海までの旅を掲載していきます。写真もたくさん入れるつもりですので、これからもどうか時々、覗いてみてくださいね。今後ともどうかよろしくお願いいたします。

では、再開はバンクーバーからです。どうかお楽しみください。

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ようやくバンクーバーに入ることができた。

一昨年(2015年)の春にプリンス・エドワード島を出て、今回(2016年)はニューファンドランド島から出発して約七〇〇〇キロ、三ヶ月ほどが経っていた。

バンクーバーは二〇年振りだ。

当時二三歳の若者だった私は、アラスカからメキシコまでの約八〇〇〇キロを一年かけて徒歩で縦断したのだが、その途中でバンクーバーに二週間ほど滞在したのだった。

今回のプリンスエドワード島、ニューファンドランドから出発した、カナダの大陸横断の旅も、バンクーバーで一区切りだ。

ここからはさらに北上して北極海にまでルートを伸ばすのだが、途中までは二〇年前に徒歩旅行で歩いたルートをたどる。徒歩で旅したところを、二〇年後に再び訪ねることができるなんて、自分はこれ以上ない幸せ者だと思った。

若者だった私も、今は四三歳の中年太りのオジサンとなった。

こうしてバンクーバーを訪れることができたのも、何かの縁かもしれない。しかし、まだまだ我慢を強いられる。とりあえず、しばらくの間はバンクーバーに滞在して、たまっている原稿を片づけることにした。

バンクーバーでは、通訳H氏のご自宅にお世話になることにした。旅費の節約も大きいが、ここでバンクーバーの一般家庭の生活を体験するのも悪くないと思ったのだ。

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↑バンク―バー郊外にあるH氏のご自宅の庭。可愛らしい家々が建ち並ぶ。いつもなら強烈な太陽光のため、夏場は芝生は枯れてしまうそうだが、2016年は冷夏だったため、まだ青々としていた。

H氏は五十代だが、一八でバンクーバーに出てきて、さまざまな職を経験した後、ガイドとして働き始め、今は通訳のほかテレビなどのコーディネーターも務めている。

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↑客室に荷物を置かせてもらい、ここで執筆などをこなした。手前にある大型本は、近所の図書館で借りたウィリアム・クレレクの画集。

 まずバンクーバーの街を案内してもらうと、高層ビルが増えてまるで東京のようになっていた。当時泊まっていたホステル(相部屋のホテル)はチャイナ・タウン近くにあるのだが、チャイナ・タウンもメイン通りを挟んで西側が再開発で新しいビルになっているが、東側は古い建物のままで、面影は残っていた。

「ずいぶん変わったでしょう。チャイナ・タウンにあるメイン通りの西側は再開発できたのだけど、東側は住民の反対もあってまだ古いままなんですよ」

 当時泊まっていたホステルもメイン通り沿いにあったのだが、西側にあたるためか、古いビルはそのままで残っていた。当時は「ビンセント・バックパッカーズ」という名だったが、今は「C&Nバックズッカーズ」と名を変えて、今も営業していた。

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↑二〇年前に泊まった中華街近くのホステル。ここはまだ再開発になっていなくて、そのまま残っていた。二階からホステルになっている。

 訪ねてみると、ロビーにはいろんな肌の外国人の若者がたむろしていたが、日本人は見かけない。

「日本人もいるけど、多くないね。今はちょうど中南米の子が多いかな。今は一泊四〇ドルだよ」

 当時は一泊二〇ドルだったから、この二〇年でほぼ倍になっている。バンクーバーは中国マネーの流入でビルや土地の買い占めが多く、地価が非常に上がっていて、カナダでは社会問題になっている。トルドー首相もバンクーバーに来て、その対策を約束したばかりだった。

 

バンクーバーではもう一つ、パウエル街を訪ねた。

元々は日系人街だったが、今は貧困層が多く住む街になってしまい、普段ここを訪れる旅行者はほとんどいない。

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しかし日系会館もあり、お願いすると気軽に中を案内してくれた。

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バンクーバーに住む日系人たちが今もよく利用しているそうで、私が立ち寄ったときは、体育館で「デス・ノート」という映画の撮影中だった。

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↑戦前の日系センターの入り口での記念撮影。

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中は広く、合気道の道場から、子供たちのためのデイケアも行っており、地域のコミュニティとして今も活動している。

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↑日系センターの中庭。

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↑中を案内してくれたバンク―バー在住のスタッフの方々。ほとんどがボランティアだ。日系人と新移民の方が半々くらいか。

 毎年七月下旬頃には「パウエル祭」があり、たくさんの屋台の他に相撲トーナメント、綱引き、神輿などが二日間にわたって盛大におこなわれる。この日だけは、パウエル街もきれいに清掃されて、多くの人が訪れる。

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↑普段のパウエル・ストリート広場。住民たちがくつろいでいて、この日はバンドが演奏していた。ここでバンクーバーの野球チーム・朝日が練習していた。由緒ある広場。

日系センターの前にある広場を中心にお祭りがあるのだが、この広場は映画『バンクーバーの朝日』の舞台になった。実際にバンクーバーの日系野球チーム・朝日が練習で使っていた由緒ある広場だ。屋台では朝日チームの帽子なども売っていた。

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↑2016年のパウエル祭。サーモン焼きなどの屋台から、合気道クラブの発表会、相撲トーナメントなども開かれていて、盛況だった。

 またパウエル祭りの前後、私は車を借りてバンクーバー島のビクトリアまで足を延ばすことにした。これを逃すとなかなか機会がないと思い、一泊だけだが行くことにしたのだ。

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↑ビクトリアへと渡るフェリーの上。とても気持ちがいい。

 カー・フェリーだと二時間ほどで着く。港からビクトリアの町までは三〇分ほどだ。

 フェリーの中では食事もできるが、有名なのはクラム・チャウダーだ。フェリーの中で出しているのだが、ここだけ並ばないし、味もトマト系で変わっている。このチャウダーを楽しみに、フェリーに乗る人もいるという。

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ビクトリアはBC州の州都でもあるので、州議事堂などもあって賑やかだ。BC州ではおそらく、もっとも美しい街だろう。古都という雰囲気で、街を流しているだけでも気分がいい。

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↑ビクトリアのシーフード市場。

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↑ビクトリアからの帰りにフェリーから見えるバンクーバーの町。

バンクーバー島は、ビクトリアの他にも見どころが多く、とても一、二泊では回れないほど大きい。もう少し時間をかけて滞在すれば良かったと後悔するほどだった。

つづく

 

コメント

  • 永田尚子

    再開を心待ちにしていました。あまり長いのでお体の具合でも悪いのかと心配でしたが、また随時更新していかれるとのことですので、楽しみにしています。本もぜひ購入したいと思います。執筆がんばってください。

    • 上原善広

      コメントありがとうございます。このブログは本にしますので、しばらくその執筆に集中させてもらっていました。思ったより時間がかかってしまいましたが、これからも時々のぞいてみてくださいね。今後ともどうかよろしくお願いいたします。

  • 中出智博

    こんにちは。また続きが読めるようになり、喜んでいます。書き込みは二回目です。これからも楽しみにしています。

    • 上原善広

      ご返信が遅れて失礼しました、コメントありがとうございます。このブログを元にいろいろと付け足した本が来月五月に発売されますので、こちらもどうかご期待ください^^

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