バンクーバー② たこ焼きと労働環境

カナダ - 150年 街道をゆく

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バンクーバー② たこ焼きと労働環境

一通りバンクーバーの街やその周辺を回った後、H氏宅の一室をお借りして、たまっていた原稿を片づけることにした。

午前中は原稿して、昼にちょっと休憩し、午後からまた原稿をする。夕方前には切り上げて、買出しに行って夕食の準備をするといった具合だ。バンクーバーでは、どんなスーパーでもたいていアジア食材が手に入るから、自炊でもまったく困らない。

H氏のお宅は赤毛のアンと同じくグリーン・ゲーブルス(緑色の三角屋根)になっていて、滞在していても気分が良い。

「ここは退役軍人用の住宅街だったんで、どの家もだいたい区割りが同じなんですよ。でも古い家が多いんで、だいぶん改築しましたよ」

 北米では小じんまりした家になるが、もちろん日本では豪邸の部類だろう。

小さな前庭と広い本庭があり、部屋数は六室。これに広い廊下と居間がついている。パーティもよく行われる。庭は芝生敷きなので、素足で歩ける。本庭にはさらに小型のキャンピングカーも置いてあるので、その気なれば二組の客を泊めることができる。

 ガイドやコーディネートがない日は、H氏も書斎にこもってスケジュールを立てたり、情報収集を欠かさない。仕事が入ると出ずっぱりになり、下手すれば一カ月ほど帰宅できないこともある。だから普段は日中も自宅にいるので、娘さんから「パパはいつ仕事してるの?」と訊ねられると苦笑いしていた。

 私も雑学には自信があったが、H氏はその上をいく雑学屋だ。取材相手のマスコミ関係者から実地に学んでいるのでカナダはもちろん、日本の事情にも詳しい。秋には一カ月ほど日本に帰ると言っていたので、まるきり浦島太郎ではない。非常にバランスのとれた、無理のないカナダ永住生活である。

 あるとき、H氏から「たこ焼きを教えてほしい」と言われた。

「うまく焼けないんだよね。うちの息子も料理上手なんだけど、なんというか、うまく丸まらないんですよ」

 H氏は千葉の出身なので、大阪出身の私を見込んで頼んでくれたのだ。「いいですよ」と安請け合いしたのだが、これがまた作ってみると、一向に丸くならない。

 おいしいたこ焼きのコツは、卵を多めに入れることと、生地を薄めに作ること、さらに生地を出汁でとくことにある。

 しかし、どんなに工夫しても丸くならない。最初は鉄板がくっつくからかと思って何度か焼いてみたのだが、それでも駄目だ。極限まで生地を薄くしたのだが、それでもうまく丸まらない。とりあえず水分を多くして焼いてみたのだが、今度はうまく固まらないのである。

大阪出身者として、面目まるつぶれである。

「やっぱり。原因は小麦粉かなあ」

 H氏がそうつぶやくので、粉だけを水でといてみて、疑問が氷解した。カナダでは一般的に強力粉、薄力粉の区別がないのだ。つまり、カナダの小麦粉はだいたい日本の強力粉にちかい。日本で小麦粉といえば、薄力粉のことだが、元が違うのである。

 カナダでは主にパンなどを焼くことを想定してそうなっているのだろうが、強力粉ではベタベタして、たこ焼きはうまく焼けないのである。

「薄力粉はないんですか?」

「ないんだよねえ。日本食の店にもないかも」

 それでバンクーバーの日本食材の店、フジヤなどでも探してみた。

しかし米は日本からの輸入はあるのだが、さすがに小麦粉はない。日本から輸入しなくても、カナダは小麦王国だから当然だ。わざわざ日本の高い小麦を輸入するわけがない。

しかし、これではお好み焼きを焼いても、パンケーキのような固いお好み焼きになるだろう。

 大阪は「粉もん文化」というが、それが薄力粉によって成り立っているということを知って、軽いカルチャーショックだった。

しかしカナダでは牛肉などは安いので、毎日のようにステーキを焼いて食べることになる。私はステーキなら毎日でも大丈夫だ。

 肉といえば、敗戦を知らずニューギニアなどに残留してサバイバル生活していた旧日本軍兵士の手記を読んでいて、はたと気が付いたことがある。

ジャングルの中での生活なので、即エネルギーになるということで炭水化物を中心にとることになるのだが、日本軍兵士の中でも、月に一度くらいは肉を食べないと元気がなくなる人と、肉をとらなくても全く平気な人の二種類が出たという。その人のために肉をとることに苦心した、ということが書かれてあったことを思い出したのだ。

これは体質によると思うのだが、だとしたら私は肉食派であろう。もしジャングルで生活することになったら、かなり苦労することになりそうだ。

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トルドー首相も参加した、バンクーバーのプライド(ゲイなど性的少数者)パレード

 

・カナダの労働環境

バンクーバーには知り合いが一人いる。

横浜黄金町でバーのマスターをしていたTさんがいるのだ。さっそく連絡をとってみると、リトル・イタリーに住んでいるというので、ダウンタウンの「サムライ」という日本食屋で落ち合って乾杯した。サムライは一品のボリュームがあって、味も悪くないのでいつも日本人とカナダ人で満員の店だ。

「どう、こっちの生活は。少し痩せたね」

 私が気軽に声をかけると、Tさんは若返ったように言った。

「こっちはいいですよ。ストレスもないしね。呑み屋やってたときの夜の生活から切り替えたから、痩せて健康的になりました。やっぱり店やってると、夜中にラーメンとか食べてたからな」

「なんだか若返ったね」

「そう? 嬉しいなあ。やっぱり日本が合っていなかったのかも」

 彼は客として来ていたカナダ在住の日本人女性と結婚、そのままバンクーバーに引っ越してしまったのである。慶応大学を出ているが、職を転々として黄金町に行きついた苦労人だ。

「そうか。やっぱり日本、合ってなかった?」

「かもしれないですねえ。やっぱりこっちは自由でしょう。これから勉強して、また大学に行こうかとも思ってるんです」

「それはいいねえ。日本だとなかなかそうはならないもんね」

「うん、こっちは歳いってからも大学行ったりとか、べつに珍しくないからね」

 韓国人系のスーパーで働いているが、下働きしている悲壮感はまったくない。私もサンフランシスコの八百屋で働いた経験があるが、そのとき「これは続けられる」と思ったものだ。

 日本で下働きすると、いろいろと大変だ。ただ立っているだけだと怒られるし、何かしていないと駄目な奴という烙印を押される。そのため私も日本でのバイトが長続きせず転々としたが、サンフランシスコで働いたときは楽しくてしかたなかったことを覚えている。

「そう、働きながら冗談もいっぱい言うしね。バイト生活でも全然、苦にならない」

 Tさんも笑って答える。日本だと「落ちぶれて……」とかなりそうだが、いろんな人種、いろんな人がいるカナダでは、そうした眼で見られることはあまりない。

 もちろん、それは表面的なことである。カナダにも上流階級はいるし、エリートも存在する。人種差別だってないと言ったら嘘になる。

しかし、それを表面に出すことは下品だという、大人の概念が徹底しているのと、働いている人のことを第一に考える社会構造があるから(日本はお客さんが第一)、だいだいどのような仕事でも日本に比べると労働環境が良い。単純にいって、仕事がないときは座って休んでいてもべつに怒られない。これは一種の合理主義からきている。しかし日本人は精神主義で勤勉すぎるのと、「お客様は神様」なので、働いている人のことをあまり考えていない。対米政策もそうだが、労働環境についても、日本はカナダに学ぶべきことが多いと思う。

 一方で、カナダで暮らす日本人は「カナダ人は怠け者だ」と公言している。確かにカナダで日本人なみの勤勉さで仕事すれば、それなりに出世するのだと思う。いわゆるアメリカン・ドリームとかいうものの正体も、このあたりに隠れているようだ。

しかし、マイペースで仕事する大多数の人にとって、カナダはとても居心地がいい国だ。文化の違いなど障害は多いが、労働環境だけでいうなら、日本で苦労してきた人ならたいていカナダで通用するだろう。

「韓国人オーナーともいろいろ政治的なんかも話するけど、楽しいよ。ほら、日本で韓国人と政治的な話をすると、ケンカみたいになるじゃない。だけど韓国人でもこっちに住んでる人って、韓国のアイデンティティに必ずしも縛られてないから、ニュートラルに話ができるんだ。大人の話ができるんだよ」

カナダは多民族国家だから、まず最低限、相手の国を尊重するところから始まる。だから互いの立ち位置の話をしていても、相手のことを最低限尊重して話すので、立場が違っても喧嘩になりにくい。

カナダは懐の深い国でもあるので、日韓問題も本音で話しやすい。もちろん国家というものは歴然としてあるのだが、その基になる国民がみな移民なので、他者に対して寛容な雰囲気がある。だから韓国人の愛国も、日本の愛国も同位置で話すことができるのだろう。

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↑バンクーバー・パウエルストリートには、貧しい人が多いが雰囲気は明るい

つづく

 

コメント

  • 吉崎 晋

    こんにちは。国民性というのは一朝一夕には変えられないでしょうが、日本も働く人中心の考え方にシフトしていった方がいいなと思います。でないとこの先の超高齢社会に対応できないので。若者が元気がないと、夢を語るのはもちろん、北朝鮮からのミサイル防衛の話題も空しいです。

    • 上原善広

      コメントありがとうございます。ヤマト運輸の報道などをはじめ、ようやく日本でも指摘されはじめましたね。日本のサービスは世界一ですが、そうした良い面を残しつつ、働く人にとっても良い国になるといいなと願って書きました。

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