アラスカ・ハイウェイの温泉

カナダ - 150年 街道をゆく

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アラスカ・ハイウェイの温泉

ホープを北上すると、ハイウェイはフレーザー川の渓谷沿いを走る。フレーザー川はバンクーバーからBC州北部の最大の町、プリンスジョージまで続いている。初期の西部開拓史によく出てくる歴史的にも重要な大河だ。

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この辺りは景色が抜群に良い。カヌーやカヤック、ゴムボートでの川下りツアーも盛んだ。地理的にはロッキーのすそ野を行くので、緩やかなアップダウンが続く。

 途中、クイネル(ケネル)という小さな町に着いた。「ビリー・パーカー・カジノ・ホテル」という歴史的なホテルにチェックインする。

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開拓時代の客船をイメージした派手な外観で、おそらく町でもっとも古いクラシックホテルだ。

地元の人は主にホテルのカジノで遊んでいるが、レストランも旨い。ゴールド・ラッシュの頃は砂金堀の人たちで賑わっただけであり、この町は「ゴールド・パン・シティ」とも呼ばれている。ゴールド・パンとは、砂金をとるフライパンのような道具のことだ。

 クイネルという町は日本ではあまり知られていないが、アイヌの里で知られる北海道白老町と姉妹都市だ。町の出入り口に、白老の大きな地図を掲げて姉妹都市であることをアピールしているのですぐわかる。日本と姉妹都市である町は多いが、これほど日本の町と姉妹都市であることをアピールしている町は他にない。小さな町なのに日本食レストランが多く、少し歩いただけで親日的な町だとわかる。

私が徒歩旅行で通ったときも、ちょうど通りがかった町の人に親切にホームスティさせてもらった思い出もある。当時泊めてくれた人を探したが、なにぶん二〇年前のことなので、とうとうわからなかった。

その他にもプリンス・ジョージ、ドーソン・クリークという町でも泊めてもらったので探したのだが、ドーソン・クリークで泊めてもらった人はバンクーバー島のビクトリアに帰ってしまったと言われた。やはり二〇年という月日は、遠い昔になってしまうのだなと思った。

かつてプリンスジョージでは、泊めてもらった人に日本食の鉄板焼きをご馳走になったのだが、最初に出てきたタレを、みな一斉にご飯にドボドボとかけてしまったのには驚いたものだ。

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↑プリンスジョージの夕焼け

スタッフも慣れたもので、またタレを継ぎ足して回っていた。味が濃すぎて食べられないのではないかと心配したものだが、みな平気だ。日本食ブームが去った今は、さすがにもうそんな食べ方はしていないと思うのだが、カナダの田舎町ならではの出来事だったとよく覚えている。

マッケンジー・ジャンクションという所には、韓国人経営の商店兼モーテル、キャンプしかないのだが、ここでもだいぶんお世話になった。北上しながら次々に訪ねて行ったのだが、同じ韓国人でも代替わりしてしまったらしく、名前を言っても伝わらなかった。

ブリティッシュ・コロンビア州からユーコンへと抜ける道は、かつてゴールドラッシュで賑わったところで、今は閑散として潰れた店も多いのだが、私が歩いていた当時は、韓国人が移住してモーテルなどを経営していた。

今でも数十キロ付近に何もない荒野にある商店が、韓国人経営ということも珍しくない。当時は韓国人がこうした辺境に移住してオーナーをするのが流行っていたのだ。

ドーソン・クリークからは、アラスカ・ハイウェイになる。

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↑ドーソンクリークにあるアラスカ・ハイウェイ、マイル0地点の記念碑

全長二〇〇〇キロにも及ぶハイウェイで、もともとは北部アッツ、キスカ島へ侵攻してきた日本軍に対抗するための軍用道路のための建設だった。一九四二年に建設が始まり、半年あまりの突貫工事で完成された。

極北の荒れ地だったため作業は難航し、多くの犠牲者を出しながらも工事は続けられた。車で通るだけでは気づかないが、今でもハイウェイ沿いには、建設当時の犠牲者を追悼したサインが至る所に掲げられている。

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↑アラスカ・ハイウェイを歩くバファロー。熊ともよく遭遇する。

もともと湿地帯で、ほとんどが永久凍土地帯なので、完成した現在でも、延々と補修が繰り返されている。今でも毎年夏になると、アメリカやカナダから道路工事人が募集されてやってくる。彼らは夏の間だけ働いて金を貯め、冬になるとそれぞれべつのところへ帰っていくのだ。

一日四〇〇キロほどの移動で北上していく。徒歩旅行の一〇倍のスピードだ。あちこちにバーストしたタイヤが転がっているので、タイヤがパンクしないかと冷や冷やしながら運転する。

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マンチョ・レイクは、戦後すぐから日系人夫婦が経営する古いレストランとモーテル、キャンプ場があったのだが、そこも売却され、今は裕福そうな白人オーナーに変わっていた。バンクーバーに親戚がいると言っていたので、高齢のためそこへ移ってしまったのだという。

ユーコン州に入る手前には、名物のリヤード温泉がある。

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もともと先住民が見つけて利用していたものだったが、アラスカ・ハイウェイ建設のときから多くの人が利用するようになり、今は立派な観光地になっている。

私が二〇年前に行ったときは、源泉が川と合流していて、そこで温度調整して入っていた。またその奥にはさらに沼のような温泉もあり、そこでは足がつかないが、自由に泳げて入れた。

野天なのですべて無料だ。近くには無料のキャンプ場があり、キャンプ料金が高いカナダでは貴重な場所だった。二〇年前はここで四泊ほどして、疲れを癒した記憶がある。

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しかしいざ行ってみると、国立公園として整備され、近くにはきれいなキャンプ場やモーテルまでできていた。入場料は五〇〇円くらいだ。

行ってみると、脱衣所なども完備され、まるでプールのようになり、以前の野趣あふれる温泉ではなくなっていた。さらに奥にあった沼の温泉は、バンフと同じく貴重なカタツムリが発見されたので入浴禁止になっていた。

初恋の人に再会しても幻滅するだけだとは言うが、こうして二〇年振りに辿ってみると、さすがにいろんなことが変化していて驚かされる。

カナダには合計一〇〇以上の温泉があり、そのほとんどはブリテシュ・コロンビア州に集中している。ただし一般の観光客が利用できる商業施設は一一ヶ所だけだ。リヤード温泉も辺境にある野性味あふれる温泉だったのだが、きれいに整備されて大きく変わってしまっていた。

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↑川と合流しているので、いろいろいな水温が楽しめる

 常駐しているスタッフに話を聞くと、カナダには日本のような温泉法がなく、天然の野天風呂でない限り、不特定多数の人が利用する水関係の施設はプール法が適用されてしまう。そのため商業温泉は、塩素殺菌、温度、水着着用、混浴、プールの色、プールに使用できる材料などが細かく決められており、掛け流しもできない。だから温泉情緒もなくなり、どこも同じ温水プールのような感じになってしまうのだそうだ。

 リヤード温泉は塩素管理などはされていないが、ハイウェイからアクセスしやすい貴重な天然温泉だ。きれいに整備され、多くの人が訪れることができるようになったのは良いことだけど、野趣あふれる雰囲気が無くなってしまったのは残念だった。

とりあえず一風呂浴びて楽しみ、リヤード温泉を後にした。

つづく

コメント

  • 里井 綾

    いつも楽しみに拝見しています。バッファローやクマが普通に歩いている自然。うらやましいというより、どんなふうに共存しているんだろうととても興味深いです。どの写真も美しくて、すぐにも行きたくなります。この温泉もじゅうぶん野趣を感じます。

    • 上原善広

      コメントありがとうございます。カナダ縦・横断の旅も、そろそろ終わりに近づいてきました。今回のコースは生涯で二度目ですが、何度訪れても飽きない魅力がありました。『カナダ 歴史街道を行く』(文藝春秋)5/10発売に向けて、ブログの更新もラストスパートしていきますので、また時々のぞいてみてくださいね。

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