NEWFOUNDLND AND LABRADORTRAVEL GUIDE 知りたいニューファンドランド

The history of Newfoundland

ニューファンドランドの歴史

タラ漁をきっかけに世界が動き出した

「王」と呼ばれる魚
=ニューファンドランド・タラ漁の歴史=

ニューファンドランドの旅を楽しくする手段として、ひとついいアドバイスがある。それは、魚のタラとキスをすることだ。
一体なんのことか、と思うのは当然だ。しかし、「ニューファンドランダー」と呼ばれる島の人々に仲間と認められ、心の底から旅を楽しみたいのなら、タラとキスをするのが手っ取り早い。
なにしろニューファンドランダーは、コッド(Cod)と呼ばれる大西洋のタラを「王」と呼んでいる。コッド漁は何代にも渡って人々の生活の糧(かて)となってきた、言わば島の基幹産業だ。コッドがいたから食べてこられた、だから漁師たちは当たり前のように「Cod is King」と口にするのだ。

ニューファンドランドでタラ漁の歴史を学ぶ

Castle Hill National Historic Site

キャッスル・ヒル国定史跡

イギリス軍とフランス軍が、タラの漁場の支配権を争い戦闘を繰り広げたプラセンティア。この街を見渡す位置にある砦、キャッスル・ヒル国定史跡では、北米大陸の命運を決定づけた歴史の一節を目にすることができる。ビジターセンターには、当時の貴重な資料やジオラマが充実しており、初心者でも好奇心に駆り立てられる。砦の砲台から大砲とマスケット銃が火を噴く光景を想像しながら、タラ漁の歴史に入り込もう。

この島は、世界の歴史に登場したその瞬間から漁業の島だった。島周辺の豊かな海の幸を求め、大航海時代のずっと前からスペイン、ポルトガル、イギリス、フランスなど各国の漁船がニューファンドランド沖に押し寄せていた。
特にグランドバンクスと呼ばれる海域は世界屈指の好漁場で、無尽蔵と思えるほどのコッドがいた。獲っても獲ってもコッドは獲れる。その身を開き、塩をして乾燥させると、コッドは白い三角形の干塩ダラになった。
大航海時代、帆船に積まれていたのは塩漬け肉やチーズ、ビスケットなど。腐りやすいこれらの食料に対し、ニューファンドランドの干塩ダラは軽くてかさばらず、腐る心配などない完璧な保存食だった。
帆船に積み込まれ、何カ月にもわたる過酷な航海を干塩ダラは支え続けた。いつしかそれは、海の民・ポルトガルの国民食「バカリャウ」となり、無敵艦隊で知られるスペインでは「バカラオ」と呼ばれるようになった。
ポルトガルの植民地だったマカオには数々のバカリャウ料理があり、やはりポルトガルの支配下にあったブラジルでは、今も干塩ダラが売られている。

写真上:白い三角形の干塩ダラ 写真下:干塩ダラを製造する作業台
写真右:ニューファンドランド沖で出会える「王」の素顔

ニューファンドランドのコッドがなかったら、大航海時代は成立していただろうか。
ポルトガル船はマカオを支配し、次に日本を目指した。干塩ダラがあったからこそ、フランシスコ・ザビエルは日本に来られたのかもしれない。あるいは干塩ダラのおかげで、戦国時代の戦いを一変させた火縄銃が種子島にもたらされたのかもしれない。
ニューファンドランダーはコッドを「王」と呼ぶ。世界史においてとんでもない役割を果たしたコッドなのだ、「王」の呼び名こそふさわしいのだ。
そしてコッドを愛し、感謝する気持ちがコッドにキスするという遊びを生み出し、キスした旅人は仲間に迎え入れるという習わしができあがった。
現在でも島のパブやホテルでは、コッドとキスする「スクリーチ・イン」というイベントが行われている。ニューファンドランドを旅するなら、まずは王様にあいさつするなんて当たり前だ。「Cod is King」をかみしめながら、ニューファンドランドのさらなる奥深さに触れる旅を経験してほしい。

ニューファンドランダーの仲間入り

The “Screech In” Ceremony

スクリーチ・イン儀式

タラとキスするという、何とも不思議なニューファンドランドの“ 儀式” スクリーチ・イン。まずは訛りのきつい島独特の英語のジョークでまくしたてられたあと、小さく切ったハムのようなものを食べたり、ハッカの飴を舐めさせられたりする。最後はラム酒をショットで一気飲み。このルーティーンが済むといよいよ冷凍タラの登場だ。しっかりキスして島の仲間と認められたら、証明書を発行してもらえる。証明書の意味するところをわかりやすく説明すると、「おまえは度胸が据わっていて愉快なヤツだ、また島に来いよ」ということかもしれない。