02. バンクーバーからジャスパーまで

VIA鉄道でカナダ横断4500キロの旅02. バンクーバーからジャスパーまで

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部屋に用意されている路線地図や時刻表、備えつきのタオルや石鹸などを点検しているうちに、20時30分、列車は定刻どおりに静かに動き出した。バンクーバーの夏は日没が22時ごろなので、薄暮とはいえ、外はまだまだ明るい。

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列車は時々、小休止しながら進む。貨物列車をやり過しているのだった。VIA鉄道は単線で貨物列車と同じ線路を走るのだが、ここでは貨物列車が優先される。カナダの貨物列車はびっくりするほど長い。長いもので150両、全長4キロにもなるので、すれ違うために10分、20分の停車も珍しくない。しかし、急ぐ旅ではないので、乗客は皆のんびりしたものだ。

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外がだんだん暗くなってきた。すでに部屋は椅子の上にベッドが倒され寝室となっている。窓のブラインドを下ろし、頭の上の豆ランプをつける。横になって列車の振動に身を任せながら、これからの旅をあれこれ思い描いてみる。夜中の12時。ブラインドを上げて覗いて見ると、さすがに外は真っ暗で何も見えない。時折、はるか前方の機関車が発する低く太い汽笛が聞こえる。列車が山の間をカーブしながら進んでいるのだろう。長大な列車がカナダの夜の大地をゆっくりと進んでいる情景が目に浮かぶ。想像だけが膨らむ時間。しばらく、夜汽車特有の落ち着いた雰囲気を楽しんでいるうちに、いつの間にか、眠ってしまった。

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4時10分、まだ暗いうちに目が覚めた。ブラインドを上げてみると線路のすぐそばを大きな川がとうとうと流れている。川幅100メートルくらいだろうか。列車はその川岸から2メートルも離れていないところを走っている。川の向こう岸には、暗い空を背景に黒々とした山の稜線が続いている。中天に上弦の月が浮かんでいる。それにしても豊かな水量だ。列車はこの大きなトンプソン川の流れに沿うように走っていく。

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やがて、僅かな朝の光に川面が光ってきた。向こう岸には荒涼とした断崖の山肌が見え始めた。見上げると、明けの明星も見える。この光景の変化をもっと眺めたくなって、3両後ろの展望車に行ってみた。すると、誰もいないと思っていた展望車に先客の女性が一人...。展望車は2階にあり、天井も回りも全面ガラス張り。明るければ連なる列車の屋根の先頭に機関車も見える。しかし、真っ暗の中でたった一人、彼女は何を見ていたのだろうか?

彼女の名はマーガレット・ショーさん(59歳)。聞けば、彼女は2時に起きてからずっと一人でこの寒い展望車に座り続けていたのだという。
「前のガラスに額をくっつけて、両手で室内の明かりを遮断しながらずーっと外を眺めていたのよ。列車の明かりと機関車のライトが右に左にカーブして、まるで大きな蛇がくねるようだった。断崖が両側に迫る中を進んだ時もあった。暗かったけれど面白くて見飽きなかったわ」

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夜がしらじらと明けて来た。川はいつの間にか幅500mにもなり、湖になった。「カムループス湖」だ。山々が朝日を受けて緑に色付き始めた。光の変化の中で、列車の進行とともに刻々と形を変える川や山を見ていると、なるほどこの夜明けは彼女の言うとおり、寝ているにはもったいないような時間だと思う。

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午前7時。両側が開けて牧場が見えるようになった。晴天のもと、眼を洗うような緑の山々、白樺に似たアルペンポプラの林が続く。ここで食堂車に移動して朝食をとることにする。メニューは、コンチネンタル、オムレツ、パンケーキ、フレンチトーストなど毎日変わる4種類の中から選ぶ。朝食は、7時から9時の間ならいつでも食べられるが、ランチとディナーは食事をゆっくり楽しんでもらうために、乗客の希望によって2回から3回に分けて提供される。サービススタッフが列車の通路を「ファースト・コール!」、「セカンド・コール!」、「ファイナル・コール!」などと伝えて歩く。食事のレベルはいずれも高級ホテルのそれと遜色ない。3人のコックがその場で料理した温かいものを出してくれる。

朝食後。展望車に移動してのんびりしていると、はるか前方に一瞬だけ雪を被った山の頂が見えた。列車は切り立った崖の間を蛇行しながら進んで行く。いよいよカナディアン・ロッキーの山岳地帯に入ったのだ。

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正午近く、「右手にピラミッド滝が見えてきます」というアナウンスがあった。列車が徐行して乗客たちがいっせいにカメラを構えたその時、まさにピラミッドのような三角形の滝が現れた。崖の上から豊かな水量の滝が水しぶきを上げて末広がりに落ちている。水煙が列車にかかるくらいの近さだ。ウェイトレスの女性も「いつ見ても素晴らしい!いつの日かあのしぶきを浴びてみたい」などと、はしゃいでいた。景色は刻々と変化する。湿原が現れたり、湖になったり、林が迫ったり――。列車は、ロッキー山脈のパノラマの中を縫うように走っていく。

13時30分。もうすぐ州境というところで「時計の針を一時間進めて下さい」というアナウンス。ブリティッシュ・コロンビア州のパシフィックタイムからアルバータ州のマウンテンタイムに変わったのだ。ちなみに終着のトロントまでに、この時差の修正が3回も繰り返される。やはりカナダは広い。

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間もなく、前方にVIA鉄道から見える最高の眺めの一つが姿を現した。カナディアン・ロッキーの最高峰、「マウント・ロブソン」だ。標高3954m、切り立った断崖に雪が筋条に積もっている。今日のように雲のかからない全容が見えるのは珍しいというが、「ロッキー」の名の通り、全山岩の塊のような険しい山が迫ってきた。氷河が削り取ったのだろう、左端の切り立ち方などはナタで切ったように鋭角だ。「マウント・ロブソン」の山容を見ていると、列車がいよいよカナディアン・ロッキーの心臓部に差し掛かったことを実感する。同時にその昔、こんな険しい山岳地帯を貫いて大陸横断鉄道を通そうと考えた、カナダ人の壮大な心意気に感嘆せざるを得なかった。

16時25分。バンクーバーを出発してから19時間、列車は定刻通より少し遅れてアルバータ州ジャスパー駅に着いた。カナダ最大のジャスパー国立公園内にある駅だ。ここで「カナディアン号」は1時間半停車する。実は、バンクーバーから「カナディアン号」を利用する日本人観光客のほとんどは、この駅で降りる。バンクーバーからジャスパーへ向かうには、乗り換えがなく行ける「カナディアン号」が便利なのだ。列車の中で出会った山田さん夫妻の目的地もジャスパーだった。

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「主人が今月で定年になったので“卒業旅行”なんです。鉄道の旅は3年前から計画していたのだけれど、両親の介護などでなかなか実現できなくて...。やっと夢がかないました」
私たちもカナディアン・ロッキーの魅力を味わうために、ジャスパーでいったん列車を降りることにした。「カナディアン号」は週3便の運行なのでここで2泊し、2日後の17時30分に再び列車に乗ることになる。

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