15. 「しあわせ」な人たちが暮らす場所

しあわせキュイジーヌの旅15. 「しあわせ」な人たちが暮らす場所

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「しあわせ」な列車、ル・マシフ鉄道は真っ暗な闇の中、モンモランシー滝駅に到着した。残念ながら、最後にもう1度、あの因縁の滝を目にすることはできなかった。

しかし、あの滝と僕は、変な形のまま伸びてきつつある足の爪を介して、永遠につながっているような気がしてならない。いつかまた会って決着を付けようじゃないか、モンモランシー滝よ。

シャルルボアは、どこもかしこも「しあわせ」に溢れていた。ベ・サン・ポールもクードル島も、ラ・マルベも。

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おしゃれで、おいしくて、気取らなくて、肩の力が抜けていて。それはいい加減ということじゃない。料理ってものは、なんて持論や信念を語ったり、面倒な理屈を振りかざしたりすることは決してない。仏頂面の扱いにくい頑固ジジイにも1人としてお目にかからなかった。

みんなおいしいものが大好きで、楽しそうに料理をつくり、作物を育て、動物たちの世話をしていた。そのあとで屈託なく、家畜を「トランスフォーム」していたりもしていた。

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そうだ、「トランスフォーム」って言葉、今回の旅の最大の謎だなあ。シャルルボアではみんな、この言葉を使っていたけれど。

シャルルボアという土地自体が「しあわせ」に包まれていたから、野菜も果物も牛も羊も、卵だって豚だって、みんな「しあわせ」そうな「顔」をしていた。

どのレストランに行ってもあの列車の中でも、みんな「しあわせ」そうに食べていた。たくさん笑っていた。楽しそうな音楽が流れていた。そして、「さち」を通じて「しあわせ」になって、若干、食べ過ぎを気にしてお腹をなででいたりもしていた。

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食事なんて楽しければいいじゃないか、なんて無責任なことは決して言わないけれど、楽しくなかったら何のために食べるんだろうってことも、ちょっとだけ言っておきたい。

生命を維持するため?
筋肉を付けるため?
グーグー鳴っているお腹を黙らせるため?
食事の時間になったからただ食べてるだけ?

そういう面があるのは否定しないけれど、ケベック、そしてシャルルボアを訪れて「しあわせキュイジーヌの旅」を経験すれば、もっともっと食べることが、「さち」をいただくということが「しあわせ」なことだって分かるはずだ。せっかく野菜や果物、それに「トランスフォーム」された動物たちの命をいただくんだから、これはもう「しあわせ」にならないと失礼極まりない話なんだ。

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豚はフランス語で「コショーン(cochon)」と言うそうだ。フランス語を公用語とするケベックでは、コショーンにたくさん出会う。

同じ面積で早くたくさん育てることができるため、入植時代以来、ケベックでは肉牛よりも豚の飼育が盛んなんだと聞いた。ケベックとは長い付き合いなんだね、コショーン。

ほら、このコショーンだって「しあわせ」そうだ。人の背中に乗っかって一生懸命、僕の方に近寄ろうとしていた。そうそう、余談だけどコショーンってのは本来、太ってないんだよね。

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それはともかく、みんながみんな「しあわせ」そうだったシャルルボアで、コイツだけが「しあわせ」なのか判然としなかった。オーストラリアからやってきたエミュー。

ハンク鈴木さんは、エミューの肉はおいしいと言っていた。その脂は化粧品などに利用されている。でも、いくら顔を覗き込んでも「しあわせ」なのかどうか、さっぱり分からなかった。

ここは1つ、お客を歓迎するワンダットみたいに、こう尋ねてみよう。

「Are you in peace?」

「アオウー」って言ってくれよ。僕を見て笑ってくれよ。だって、「しあわせ」いっぱいのシャルルボアにいるんだから。

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