
僕とアンが見つけた14の物語
08. いまや高級食材
「人を雇うのは、おっそろしくめんどうになってきてるしね。あの、まぬけな半人前のフランス人の小僧どもぐらいじゃないの、雇おうと思えば。それだってわたしらのやり方をならわせて、何か教えこめばすぐ、ロブスターの缶詰工場や合衆国へ行っちまうしね」-(モンゴメリ著/村岡花子訳/新潮文庫刊「赤毛のアン」より)
アンの物語には、PEIを代表する高級食材、ロブスターはあまり登場しない。
しかも、「ロブスターの缶詰工場」へ行っちまうとか、なんだかあまりいい書かれ方をされていない。

実は昔、ロブスターは経済的に貧しい人たちが食べるものだったそうだ。
学校のお弁当にロブスターのサンドイッチを持たされた子供は、道の途中でロブスターを捨てて、パンだけの"サンドイッチ"を持っていったんだとか。
僕はPEIでロブスターを食べたけれど、レモンをふっても溶かしバターをつけても、それはもう絶品だった。
かぶりつくと、はね返ってくるような豪快な食感がたまらなくて、口元から溶かしバターがこぼれそうな勢いで食べたけれど。
そういえば日本だって、昔はメスのズワイガニなんて見向きもされなかったそうだ。
それがあまり捕れなくなってくると、「この卵がたまらん」なんて金持ちたちに珍重されていると聞く。
パンだけの方がマシ、というところがロブスターの悲しすぎる過去を物語っている。

味は変わっていないのに、人間なんてまったく勝手なもんだ。
さて、かぶりつくだけじゃあ満足できないので、ロブスター漁の船に乗せてもらうことにした。
あらかじめ魚の切り身などのエサが入ったカゴを沈めておき、引き上げると、中に出られなくなったロブスターが入っている、というわけ。
このカゴが漁のすべてを決める、「ロブスター・トラップ」だ。
これは船の上での出来事じゃないけれど、地元ではタレントみたいに有名な漁師から、ロブスターは先が細くなっていくトラップの入口を、わざわざシッポから入っていくと教えてもらった。
頭から進んでいけば大きなハサミがひっかかって、最初から罠にかからずに済むものを―。
そう思い、「どうして?」と尋ねてみると、この漁師、すぐに「昔からロブスターはそうなんだ」という、ちっとも考えてなさそうな答えを返してきた。

でもね、怒っちゃあいけない。
このあたりの「ゆるさ」を笑って受け流せるようになったら、あなたはもう、立派なカナダ・ファンだ。
ちなみに、島の南海岸では四角い金属製のトラップを使うけれど、北側の漁師が使うのは昔ながらの木製のカマボコ型だ。
南海岸に金属製のトラップが導入されたのは1980年代。同じころ、北側でも使ってみたけれど、なぜかロブスターはまったく捕れず、すぐに木製に戻したそうだ。

僕はその理由について取材できなかったけれど、もし、PEIでチャンスがあったら、是非、僕の代わりに追加取材してほしいんだ。
漁師をつかまえて聞いてほしい。島の北側と南側とでは、ロブスターの習性に何か違いがあるんでしょうか―。
このあたりで、カナダ・ファンのあなたはきっと、「ふふっ」と吹き出したと思う。だってどんな「ゆるい」答えが返ってくるか、だいたい想像できちゃうんだよね。

仕掛けておいたトラップを引き上げても、ロブスターがいっぱい、というわけにはいかない。
むしろ海藻ばかりで何も入っていないことの方が多いし、入っていてもせいぜい2匹か3匹。それでも暗いうちからの漁でプラスチックのコンテナはいっぱいになった。
時々、どんでもなく大きなロブスターもかかる。
ツメだけで200グラムぐらいあるステーキを連想させる、モンスターみたいなロブスター。体には小さなフジツボまでついていて、ほとんど「パイレーツ・オブ・カリビアン」の世界。まるでこのあたりの海の主みたいだ。

一方で、基準に満たない体長の小さなものや、おなかに卵を抱えたメスのロブスターは海に戻してあげる決まりだ。
さんざんなのが、エサにつられてトラップから出られなくなった体長15センチほどのカニ。
その場で甲羅の真ん中からバキッと半分に割られ、ロブスターの「エサ」としてカゴに戻され、また海の中に沈められてしまうんだ。
あのズワイガニのメスのように、将来、このカニが高級食材としてもてはやされる日が来たりはしないだろうか。

名も知らぬカニの運命はともかく、この島はロブスターに限らずシーフードの宝庫だ。
ロブスターにカキ、ムール貝にハマグリ…。これら海の幸がどっさり入ったシーフードチャウダーなんかも僕のおススメだ。
PEIに行ったら、これら絶品のシーフードを堪能してほしい。「追加取材」のことなんて、さっさと忘れて、さ。