09. 甘い甘いケーキ

僕とアンが見つけた14の物語09. 甘い甘いケーキ

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「あれまあ、アン。あんたはこのお菓子の香料に痛みどめの塗り薬を使ったんだよ。先週、あたしが薬びんをこわしてしまったもんで、残りの薬を古いヴァニラのあきびんに移しておいたんだよ」-(モンゴメリ著/村岡花子訳/新潮文庫刊「赤毛のアン」より)

アンをめぐる物語には、お菓子やお茶に関係する場面がたくさん登場する。

その中でも有名なのは、アヴォンリーに新しく来た牧師夫妻を「GREEN GABLES」に招いた時、アンが間違えて痛み止めの塗り薬をいれたレイヤー・ケーキを食べさせてしまった事件だと思う。

実は、このエピソードのもとになった実話がある。

作者のモンゴメリが教師時代に下宿していた牧師館のエスティ婦人が、やはりお客に痛み止め入りのケーキを出してしまったんだ。

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この牧師館は今、パーソネージ博物館として見学できるけど、その展示にはレイヤー・ケーキのレシピもあって、そこにははっきり、香料はバニラエッセンスだと書いてある。

でも、モンゴメリはのちに、「あのケーキの味も、あの時のおかしさも絶対に忘れられない」と書いている。

だから、レシピがあろうがどんなに注意を払っていようが、アンは残念ながら必ずこの大失敗をしてしまう運命にあったんだ。ちょっと可愛そうだけれど。

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さて、PEI在住で、アンの物語に登場するケーキや料理を再現したテリー神川さんが、その著書「『赤毛のアン』のお料理BOOK」でこう書いておられる。

「昔のお菓子は砂糖もバターも生クリームも、たっぷり使いました」

冷蔵庫もない時代、たっぷりの砂糖は保存が目的の1つだったことは分かる。

でも、何が目的であろうと、そんなことを聞いたらもう、どんなに甘いのか実際に食べてみたくなるのが人情ってもんだ。

だから日本を発つ前、テリーさんに、砂糖の量を含め当時のレシピ通り、モンゴメリゆかりの「Park Corner Ribbon Cake」を再現してほしいとお願いしておいたんだ。

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テリーさんのお店、「Blue Winds Tea Room」に伺って、早速こう聞いてみた。「今の感覚でつくった場合と比べると、砂糖の量はどのぐらいですか?」

「倍近いですね」。

軽くおっしゃるけど、2倍ですか。でも、テリーさんだって軽く考えてないことはすぐに分かった。

「もう途中から手が動かないんです、レシピ通りにやろうと思っても。砂糖3カップなんて書いてあるけど、2カップ入れたところで手が勝手に拒否するんですよ。何か悪いことしてるみたいに」

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でも、真ん中に糖蜜=モラセスとレーズンが入ったきれいな3層の「Park Corner Ribbon Cake」は、本当においしい。生地もしっかりしている。

もちろん、かなり甘い。でも、砂糖を倍にしたからといって甘さが倍になるわけじゃないことを実感させられる。どうしてなんだろう。

上にかけられたオレンジのアイシングはかなり甘い。それでも全体としては、「本当においしい」と感じられる甘さなんだ。

こんなケーキは薄くスライスして、フォークで少しずつ口に運ぶのがちょうどいい。そして、絶対にコーヒーや紅茶が欲しくなる。

本来、お菓子やケーキといっしょにいただく「お茶」は、ゆっくりと流れていく時間そのものを楽しんだり、親しい人との会話を楽しんだり、そんなことのためにあるはずだ。

だから、ものすごく甘いケーキを少しずつ、ゆっくりと食べるのは「お茶」本来の在り方なんだと思う。

ケータイもスマホもインターネットも、電話だってない時代だから、人と会ったり話をしたりすることは、今と違って格段に重要な意味を持っていたはずだ。

アンの物語でも、お茶の準備に何日も時間をかけたり、まずは庭から花を切ってきてテーブルを飾ったりする。せっかく来たのにお茶も飲まないで帰るなんてあり得ない、というノリだ。

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でも、テリーさんにお話を伺って、アンの時代には、違う位置づけの「お茶」があったことを知った。

当時はみんな、農作業をしているのが当たり前。毎日、畑仕事や家畜の世話があるし、家事だって写真のようなストーブに薪をくべて料理をつくり、お湯を沸かす。アイロンだってここで温める。全てが、がっしりとした重い鉄製だ。

洗濯もまずは水汲みから始まるし、毎日のすべてが肉体労働。だからお昼御飯を「dinner」と呼んで、お昼にしっかりと温かいものを食べていたんだ。

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一方で、晩御飯の呼び名は「supper」。パンとチーズぐらいで簡単に済ませていたらしい。

でも、それだけじゃ途中でお腹がすいて仕事ができなくなるから、毎日、午後とか夕方には、クッキーやケーキ、あるいはパンにジャム、といった程度の「お茶」の時間があったんだそうだ。

確かに甘いものを食べてはいるけれど、それは夜まで体を動かして働き続けるための「お茶」。同じ「お茶」でも、人をもてなすための特別な「お茶」とは意味合いが全然違う。

「当時の資料を見ると、レーズンは枝についたままだから、干したブドウの中から種を取り出さないと使えないし、岩塩みたいな塊の砂糖があったという記録もあって、当時の料理は本当に大変な作業だったと思います。だから料理を再現するといっても、当時に近いもの、というだけで、本当の再現はとてもできませんよ」とテリーさん。

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「毎日やらなくてはいけないことをきちんとやって、生きていくこと、退屈に見えても、それ自体が当時は立派な生き方だったんでしょう」

テリーさんにそう言われてみると、マリラもリンド夫人も恐ろしく真面目で、いつも手を動かしていた。そして、空想ばかりしてすぐに手が止まってしまうアンは、いつもマリラにお小言を言われていたっけ。

甘い甘いケーキを食べて、まったく違う2つの「お茶」の意味を教えていただき、こんな僕でも少しばかり、いろんなことを考えなきゃな、という気持ちになる。

あ、そうだ。1つだけ言っておかなきゃいけないことがある。

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あのケーキは特別に作ってもらったものだから、「Blue Winds Tea Room」に行ったからといって食べられるわけじゃあないんだ。

みんなには、メニューにあるケーキで「お茶」を楽しみながら、アンみたいに想像力を駆使して、いろんなことを感じてほしい。

あの甘い甘い「Park Corner Ribbon Cake」は、代表して僕が食べておいたってことにしておきたい。

もちろん、ちょっと身勝手なお願いなのは承知の上だけど。