ずるぎつねの故郷を訪ねて

03. 歴史ロマン!森の戦士ヒューロン

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カナダは、今でこそイギリス連邦の一員だが、ヨーロッパの国々で最初に植民地を築いたのはフランスだった。シャンプランの時代、カナダは「ヌーベル・フランス」と呼ばれていた。
そこへ、イギリスが割り込んできた。18世紀半ば、英仏のせめぎ合いから「植民地七年戦争」が勃発。その結果、1763年にカナダは戦勝国イギリスの支配下に置かれる。

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小説の一場面。N.C.ワイエス画

ヒューロンの戦士「ずるぎつね」が活躍する『モヒカン族の最後』は、植民地七年戦争が背景だ。
この戦争、フランス人がインディアンの助けを借りたことから「フレンチ・インディアン戦争」とも呼ばれる。
もっとも、実際には、イギリスも先住民の力を借りていた。

『モヒカン族の最後』では、イギリスに味方する「良いインディアン」がモヒカン族、フランスの手先となった「悪いインディアン」がヒューロン族という設定だ。

モヒカンと言えば、頭のてっぺん部分の髪だけを残す「モヒカン刈り」が思い浮かぶ。なお、同じ髪型を英語では「モホーク刈り」と呼ぶ。

彼らの間では、倒した敵の頭皮を剥ぐ風習があった。モヒカン刈りには、敵のために自分の頭皮を剥がしやすくし、
「さあ、この頭皮を取れるものなら取ってみろ!」
と挑発する意味が籠められていたという。

 ヒューロンにも、モヒカン刈りの戦士がいた。
実は、「ヒューロン」という名は、この独特のヘアスタイルからついたという。
フランス人がカナダで最初に出会ったモヒカン刈りの先住民は、ヒューロンだった。彼らの髪型は、フランス人にイノシシの背中のそそり立つ剛毛を連想させたらしい。フランス語で「イノシシ」はヒュア(hure)、「人」はオン(on)なので、彼らを「ヒューロン(Huron)」と呼ぶようになったのだとされている。

ヒューロンの人たちの自称は「ウェンダット」。「島人」という意味で、「大地はカメの背に乗った島である」という世界観に基づくものと考えられている。

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パイプ一体型トマホーク

英語の"brave"は「勇士」だが、「インディアンの戦士」という意味もある。インディアン戦士は「勇士」の代名詞なのだ。

『モヒカン族の最後』の時代には、ヒューロンやモヒカンなど、勇敢な森の戦士たちが、北米東部の美しい大自然を舞台に、トマホーク振り回したり、フリントロック銃ぶっ放したりして、戦っていたのだ。

『モヒカン族の最後』を映像化したら、スリリングな冒険活劇になるに違いない
・・・というわけで、この小説は、サイレントの時代から何度も映画化されている。
最近では、1992年に映画化され、日本では翌93年に『ラスト・オブ・モヒカン』の題名で公開された。チェロキー民族出身のウェス・ステュディがマグア(ずるぎつね)を演じている。

もっとも、本当の戦争は、小説や映画とは違って、悲惨だ。
ヒューロンの人たちは、17世紀の「ビーバー戦争」によって、特に悲惨な目に会った。
この話は、後で改めて見てみよう。

文・写真:横須賀孝弘

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