ずるぎつねの故郷を訪ねて

04. 探訪! ロングハウスでの暮らし

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ヒューロン人は、かつて、どんな暮らしを送っていたのだろうか?

カナダの先住民と言えば、「狩猟民族」というイメージが強いかと思う。事実、東部の先住民には、森で鹿を狩ったり、湖や川で魚を獲ったり、野生の植物を集めたりして暮らしていた人々がいる。アルゴンキン、イヌー(モンタネイ)、クリー、マレサイト、ミクマクなどの諸民族だ。
彼らは、アルゴンキン語族に属する言葉を話すので「アルゴンキアン」と呼ばれる。

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アルゴンキアンの生活。ポール・ケイン画

アルゴンキアンは、自然の恵みを追って、移動の多い生活を送っていた。

住まいは、右の絵のように、木枠に樹皮やムシロをかぶせた「ウィグアム」と呼ばれる小屋だった。

一方、ヒューロンの人たちは、アルゴンキアンとは少し違う暮らしだった。狩りや漁で得る肉や魚よりも、畑の作物が食べ物の多くを占める、農耕民族だったのだ。
川に近く、土地の肥えた所を選んで定住し、作物を育てた。

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カナダ東部付近の先住民の国々(1600年頃)

カナダ東部からアメリカにかけての一帯で、そういう暮らしを送る人たちは、イロコイ語族に属する言葉を使ったので、「イロコイアン」と呼ばれる。

ヒューロンのほか、イロコイがイロコイアンに属する代表的な民族だ。

イロコイは、モホーク、セネカなど5つの同盟国からなる連邦で、「五国同盟(Five Nations)」とか「同盟イロコイ(League Iroquoi)」などとも呼ばれる。

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再現されたロングハウス

イロコイ系の人たちは、ビニールハウスのような形の「ロングハウス」に住んだ。木の竿で骨組みを作り、ニレやスギの樹皮を張り合わせた家だ。

オテルミュゼ プルミエ ナシオンの敷地に、2013年、再現版ロングハウスが建てられた。

再現版ロングハウスは、外観も内部の様子も、本物をかなり忠実に再現している。ここを訪ねれば、まさにヒューロンの国の中で、かつての彼らの暮らしに想いを馳せることができるわけだ。

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火起こしを見学するワンダケの子どもたち

私が訪ねた時、地元の小学生グループが、木の棒で火起こしをする実演を見学していた。子どもたちに、祖先の暮らしに親しませる、民族教育の一環だろう。

本当のロングハウスの暮らしでは、子どもらが寝そべっている棚が、夜には寝台になる。寝台の下には薪などを蓄える。

寝台の上にも別の棚を設け、衣服や身の回り品を収納した。

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前後の出入り口の間を通路が結ぶ。

通路には5mほどの間隔で炉が設けられている。一つの炉を、向かい合う二家族が共同で使った。

平均的なロングハウスでは、炉は3つ設けられていたというから、一棟に6家族、30~40人ほどが住んでいたことになる。

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天井の穴が、明りとりと煙出しを兼ねる

ロングハウスには窓がない。炉の真上の天井に穴が開いていて、煙を排出するとともに、屋内に明かりを取り込んだ。

もっとも、冬など、出入り口をしめ切っていると、天井の穴だけでは煙が中々排出されず、相当煙たかったらしい。

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天井付近の干し魚

肉や魚、薬草、収穫したトウモロコシなどは、ロープに吊るして乾かした。

天井付近に肉や魚を吊るすと、煙で燻されて、燻製ができた。獲った魚の多くは、干したり燻製にしたりして保存した。

各ロングハウスには、一人の年配の女性を筆頭に、彼女の娘や姉妹など、血のつながった女性と、その夫、子どもらが住んだ。
ヒューロンの社会は、母方の血筋によって家族や血縁グループをつくる「母系制」である。

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再現版ロングハウスの畑で育ったカボチャ

再現版ロングハウスの敷地には、小さな畑があり、カボチャが育っていた。

森を開墾するのは男性の仕事だが、畑を耕し、作物を育てて収穫するのは、女性の仕事だった。だから、収穫物も女性の物とされた。

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ヒューロン女性の農作業。18世紀初め

ヒューロン-ウェンダットの人たちはトウモロコシ、豆、カボチャの三大作物を「三姉妹」と呼ぶ。

その「三姉妹」を、同じ畑で一緒に育てるのが、彼らの農法だった。

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盛り土。「ヒューロン村」(ミッドランド)にて

畑に1m弱の間隔で土を盛る。そして、先ず、トウモロコシを植える。

トウモロコシが育ち始めたら、同じ盛り土に豆とカボチャの種を植える。
ほどなく豆とカボチャは芽を出し、若葉が育つ。

豆とカボチャの若葉は、トウモロコシの葉によって強い日差しから守られる。また、トウモロコシの茎は、豆の弦が這い上る支柱になる。
一方、カボチャの葉は地面を覆って、雑草が生えたり土が乾いたりするのを防ぐ。
そして、豆は、土壌を豊かにする。根粒菌が、窒素を固定して、肥料にするからだ。

このように三作物が互いに助け合って育つ様子から、これらを「三姉妹」と呼んだのである。「三兄弟」とは呼ばなかったところが、いかにも母系制社会のヒューロンらしい。

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ヒューロン人の主食はトウモロコシだった

「三姉妹」の中で特に大切な作物はトウモロコシで、ヒューロン人の食べ物の6割以上を占めた。

トウモロコシは乾かして粒をバラし、臼で粉々につき砕いて保存した。

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陽気なスタッフがもてなす「サガミテ」

トウモロコシは、煮たり、焼いたり、スープにするなど、様々に調理した。

特に、魚やカボチャを入れたコーンスープ「サガミテ」は、彼らの主食だった。

ちなみに、ワンダケには同じ名前のレストラン"Sagamité"がある。

「三姉妹」の他、ヒマワリやタバコなども栽培していた。

これらの農作物は、アメリカ大陸の先住民が、ヨーロッパ人に教え、世界に広まった。
ハロウィーンの街にカボチャが溢れるのも、もとはといえば彼らのお陰なのだ。

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トボガン橇

ヨーロッパ人が学んだのは、農作物だけではない。
森と湖の国カナダを旅するのに欠かせないカヌーやスノーシュー、トボガン(橇の一種)なども、先住民から教わった。

ワンダケには、こうした伝統を活かして成功している企業があると聞き、訪ねてみた。

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【オヌア・チェテクウェONHOUA CHETEK8E)】
ワンダケには「オテルミュゼ・・・」の他にも、ヒューロンの伝統文化に触れることができる施設がある。「トラディショナル・ヒューロン・サイト-オヌア・チェテクウェ」だ。
この施設では、ヒューロンだけでなく、カナダの様々な先住民族の暮らしを知ることができる。

ワンダケ_4 (1415) 入口(左)、ロングハウスも設けられている(右)

ワンダケ_4 (1617)
ロングハウス内部(左)、ガイドが親切に案内してくれた(右)

ワンダケ_4 (1819)
ギフトショップにはカナダ各地の先住民の工芸品や美術品が充実(左)、付属のレストラン「ニクワリ(Nek8arre)」では、ひまわりスープやジビエも楽しめる(右)

なお、「オヌア・チェテクウェ」は「ONHOUA CHETEK8E」と表記される。アルファベットにいきなり数字の「8」が混じって面食らったが、この「8」は「ウ」と発音するとのこと。
何でも、ヒューロン語を書きとめた宣教師が、「ウ」を手書きで「UO」と書いていたものが、「O」の上に「U」が乗っかり、「U」の口が閉じて「8」になったのだそうだ。

それなら、「8」ではなく「U」と書けばよさそうなものだが、そこを「8」と書くのが伝統的な書き方というものらしい。

たとえばビーバーはヒューロン語で「ツータイ」というが、伝統的な書き方では"Ts8taye"。
"Tsutaie"は新式の書き方だそうだ。

文・写真:横須賀孝弘

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