マニトバ ― Heart of Canada

10. クリーの語り部

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ヨーク・ファクトリーの白い建物を出ると、僕を待ってくれている人たちがいた。

彼らは青い空の下、ヘイズ川を望む芝生の上で椅子に腰かけ、遠方からやってきた“闖入者”を静かに見つめている。

クリー族の人たち。かつて白人とともに働いていた祖父母らに聞いた話など、ヨーク・ファクトリーにまつわる物語を伝えようと来てくれたのだ。

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ロバートさんは現在73歳。12歳の時に白黒写真のこの場所で、お菓子を買った思い出があるという。

もともと先住民どうしで毛皮の取り引きをしていたこの地に白人たちがやってくると、クリーの人たちは毛皮交易を自分たちの生業(なりわい)とし、ハドソン湾会社に協力して働くようになった。

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だからロバートさんのような少年がヨーク・ファクトリーの売店でお菓子を買う、なんてこともあったのだろう。

この写真は結婚式だろうか。ここには白人の、先住民の、そして白人と先住民の間の温かくて人間臭い営みがあったことが見てとれる。

クリーの人たちは、ヨーク・ファクトリーまで毛皮を運んできて倉庫に納品する「ミドル・マン」や、食べ物をとってきたり木を切ってきたり、白人たちの生活を支える「ホーム・ガード」といった役割を担っていた。

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ヨーク・ファクトリーは本国との中継地点には適していたけれど、周囲には建材に使える大きな木や石などなく、どれもこれも離れたところから運んでくるしかなかった。

だから「ホーム・ガード」の男たちは、近くのゴッドリバーというエリアから材木を切り出してヨーク・ファクトリーに運んだりしたそうだ。

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彼らも使ったのだろうと思う。あの白い建物の中には数え切れないほどの錆び付いた斧の刃が展示されていた。

彼らは白人たちの食料としてグースや魚をとったりもした。

クリーの人たちがいなければ、白人たちはここで生き抜けなかっただろうことは容易に想像がつく。だから白人たちは「生きる」という点において、クリーの人たちに依存していたのだろうと思う。

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「ヨーク・ファクトリーは私たちにとっての家であり、クリー族がハドソン湾会社に大きな役割を果たせたことを誇りに思っています」。

そう語るフローラさんは、クリーの“語り部”の中心的存在だ。彼女が教えてくれたのは、ヨーク・ファクトリーでの女性たちの役割の大きさだった。

食べ物を保存したり衣類を縫ったり、毛皮で作る靴「モカシン」も、女性たちがいなくては手に入れることができなかった。

重要な役割を果たしたのはクリーの女性だけではない。当時、クリー族の奴隷としてヨーク・ファクトリーにいたデネ族の少女がクリーとデネ、両方の言葉を話せると知ったハドソン湾会社の幹部は、彼女をデネ族との交渉に起用することを思いつく。デネ族はまだハドソン湾会社の交易相手になっていなかったのだ。

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フローラさんによると、1人の奴隷の少女のおかげで毛皮交易の範囲が広がり、いがみあっていたクリーとデネが互いの平和を考えるきっかけも生まれたのだという。

ここにいられる時間はあっという間に過ぎ去ってしまった。秘境に別れを告げなければならない。

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ジェットボートの両岸には来る時と同じく、崩れ落ちていく極北の大地があった。そして振り返ると、“語り部”たちの言葉はどれも、僕に白人と先住民の温かな関係を教えてくれた。

もちろん、ヨーク・ファクトリーにだって白人と先住民にまつわる悲しい物語があったとは思う。けれど“語り部”たちは何も言わなかった。何も語らなかったのだから、それでいいと思う。この毛皮交易の拠点が、数え切れないほどの温かな出来事に包まれていたことは間違いのない事実なのだから。

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ボートのデッキで仰向けに寝っ転がり、真上に広がる青い空を見上げてみた。

悲しいことにも思いをいたしながら、温かな方を向いていたい。旅は幸せになるためにあるのだから。さあ、“Heart of Canada”の中心、ウィニペグへと戻ることにしよう。

文・写真:平間俊行

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