11. 秘境を走る列車

マニトバ ― Heart of Canada11. 秘境を走る列車

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ヨーク・ファクトリーからギラムの街に戻った僕は翌日の早朝、ウィニペグに向かうVIA鉄道に乗り込んでいた。

ここからは車中泊を含む36時間の旅となる。ただしそれは、「遅れなければ」という前提付きの話。つまり、そこそこの確率で遅れることが想定される列車の旅なのだ。

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まだまだ夜と言っていい暗さの中にギラム駅はあった。

ハドソン湾に面した極北の地に初めて到達したイギリスの帆船ノン・サッチ号。街の名がその船長から採られたことは既に書いた。

ギラム船長率いるノン・サッチ号がハドソン湾に到達できたからこそハドソン湾会社が生まれ、ヨーク・ファクトリーが建設され、ウィニペグが毛皮交易の結節点となった。

そう思うと、これまで聞いたこともなかった「GILLAM」という街の名が、何だか不思議な響きを帯び始める。

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ギラム駅の待合室には古い写真がいくつも飾られていて、中には先住民の人たちだと思う、列車で運ばれてきた物資を手に、笑顔を見せている写真もあった。

さて、僕が乗り込んだ客室はこんな感じ。室内にはベッドがあってトイレもある。小さな洗面台と、天井には扇風機。狭い空間を有効に活用するための工夫が施されている。

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写真のベッドの下には、実はイスが2つ隠れている。寝る時にイスの背もたれを前に倒して平らにし、壁に収納してあるベッドを「跳ね橋」のように下ろすという仕組みだ。

共用だけれどシャワールームもあって、一番後ろの車両は立派な展望車だった。

もちろん秘境を走る列車なのだ、決して豪華ではないし、「年代もの」という言葉がぴったりの車両だけれど、それはそれで、なかなか快適に過ごすことができる列車だ。

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唯一、残念だったのは、本来あのホッキョクグマ観光で知られるチャーチルが始発のはずのこの列車が、線路の復旧工事のためギラム始発になったことだ。

その結果、チャーチルから乗り込むはずの料理人がおらず、この列車本来の食事を体験することができなかった。

厳しい冬のあとにやってくる短い夏に、線路の復旧が間に合わないということもあるだろう。結果的にどうしても「レンジでチン」みたいな食事になったけれど、不可抗力だし、乗務員の方も申し訳なさそうにしていた。文句を言ってはいけない。

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列車は途中、トンプソンという駅に停車した。もともとここはクリー族の人々が暮らすエリアで、今はニッケル鉱山とか、ジェットエンジンのテストといった産業が街を支えているそうだ。極寒の環境がエンジンの厳格なテストにはぴったりなのだろう。

そしてもう1つ、この街には大きなスーパーがあって、先住民の人たちが列車に乗って定期的に買い出しに訪れる街でもある。

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列車が停車すると、待合室からたくさんの人々が荷物を抱えて現れた。

僕らもこの街で、さらに続く長旅に備え、食料やおつまみを買い込むつもりだったけれど、列車の遅れのため停車時間はわずか30分だと聞かされ、買い出しを断念した。どうせ「36時間」では到着しないのだ、トンプソンでゆっくりすればいいのに。

トンプソン駅の光景は、ビーバーが取り尽くされ、高級帽子の流行がビーバーハットからシルクハットへと変わり、ヨーク・ファクトリーがその役割を終える中、先住民の暮らしも変貌したことを示しているように感じられた。

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つまり、ギラム駅で見た古い写真のように、この列車は、極北での先住民の人たちの暮らしを支えるライフラインとして、ある程度、収支や乗車率は度外視し、秘境を走り続けているんじゃないだろうか。

そんなふうに思うと、決して豪華ではないこの列車の旅も、カナダの「歴史」と「今」を語ってくれているようにも思える。

日が陰ってきた。あの工夫だらけの部屋で寝るのもまた楽しみだ。ただし現実には、そう簡単に寝ることはできなかったのだけれど。

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