アンが愛したクリスマス

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私がプリンス・エドワード島に暮らしていたのは10年あまり、1989年~2000年頃だ。滞在当初半年はホームステイをさせてもらった。そこのお母さんアニータは専業主婦で、お菓子作りとクラフト作りが得意なお茶目な女性だった。ご主人はローン。大型トラックの運転手をリタイア後、観光ツアーバスの運転手をしていた。子供達は4男1女。私がホームステイをしたときには、子供達はすでに全員結婚して家を離れていた。プリンス・エドワード島では仕事を求めて島を出て行く若者が多い中、アニータの子供達は全員島に残っていて、しょっちゅう孫達を連れて遊びに来るような笑顔の絶えない仲の良い家族だった。

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グリーン・ゲイブルズ・ハウス/12月は雪が降ったり降らなかったり。積もらなければ芝生はグリーンだ。撮影時期12月初旬

「赤毛のアン」ファンが、いつかはプリンス・エドワード島に行ってみたいと思うのは、今でいうアニメに描かれた町や建物を巡る「聖地巡礼」と同じだと思う。物語の背景に描かれる景色に自分自身を置くことによって、感動を追体験しているのだ。しかも「赤毛のアン」シリーズには、四季の自然の美しさ、伝統行事や生活文化など、一度の訪問ではカバー仕切れないほどの素材が含まれているので、追体験するのも大変だ。プリンス・エドワード島の日本人旅行客にリピーターが多いことにも納得できる。

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クリスマスディナー(Tourism PEI / John Sylvester)

「赤毛のアン」シリーズにはクリスマス時期の話が多く詰め込まれている。有名なエピソードのひとつ、マシュウがアンにプレゼントした「ふくらんだ袖のドレス」は、クリスマスプレゼントだったし、アンが暗唱で大活躍する小学校の音楽会もクリスマスに行われた。アンの夫ギルバートが、クリスマスディナーのがちょうの切り方に四苦八苦したり、クリスマスのメニューの算段、フルーツケーキやプディング、ジンジャークッキーなど、見たこともないスイーツやご馳走に想像を膨らませて、子供心にクリスマスを満喫したものだ。

幼い頃は、クリスマスになると両親が小さなクリスマスツリーを飾ってくれて、25日の朝になると枕元にいつもプレゼントが置かれていた。大人になるにつれ、家族から外の世界でクリスマスイブを過ごすことが当然となっていったし、プリンス・エドワード島に行くまで、それが私のクリスマスの経験だった。

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クリスマスのお菓子

「日本ではクリスマスをお祝いするの?」と、良く島の人に聞かれた。私の答えは決まって「クリスマスはあるけれど、友人同士でパーティーしたりカップルがデートしたりプレゼントを交換しあったりしているのよ。こっちのクリスマスとは違うの」だった。そうなのだ。プリンス・エドワード島に行って体験したクリスマスは全く違った。もちろん日本と同じ部分もある。島の人は、プレゼント交換もするしツリーも飾るしクリスマスディナーも食べる。子供達は、日本と同じでプレゼントをもらえるクリスマスが大好きだ。

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クリスマス時期のシャーロットタウン(Tourism PEI / John Sylvester)

でも違うのだ。島のクリスマスはキリスト教に基づいた伝統行事であり、離ればなれになっている娘や息子が帰郷し、家族親族が集まって共に過ごす。そこに、日本のような「恋人達」のロマンチックなムードはない。家族が、一同介して無事を祝い今後の健康と幸福を願いあう。そんな厳かなそして温かな家族行事なのだ。

それはもしかしたら日本人が過ごすお正月のようなものかもしれない。クリスマスイブが大晦日でクリスマスが元旦だ。島の人たちは敬虔なクリスチャンが多いので、クリスマスには教会に出かける。クリスマスイブから教会に行く人もいるが、クリスマス当日の25日にミサに出かける人の方が多かった。それも日本人の多くが大晦日よりも元旦に初詣に行くのと似ている。
また、クリスマスに恋人の家に呼ばれて一緒にディナーを食べるということは、「真剣におつきあいをしています」と家族に紹介するようなもので、かなり公なものらしい。日本で言ったら、お正月に彼や彼女を連れてくるみたいなものだろう。
では、日本人にとってのクリスマスイブのようなロマンチックな夜はないのか、というと、それが大晦日にやってくる。恋人同士が夜を過ごしカウントダウンをし、新年を迎えるというのが向こうのしきたりだ。恋人がいない人は友人同士で騒ぎまくるのだ。

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クリスマスキャロルを歌う合唱隊 寄付を募っている

そんな島の厳かなクリスマス。伝統が詰まっているので支度も大変だ。早い人は11月頃からメニューを考えたり、少しずつ家の飾りを始めたりと忙しくなる。この頃には、島の風景は徐々にクリスマス色に変わっていく。私の暮らしていた州都シャーロットタウンも、日一日とクリスマスの飾りが目抜き通りを彩り、クリスマス商品が店先を賑わせ、バックグラウンドミュージックがクリスマスキャロルに変わっていった。

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クリスマスリース/ファーマーズマーケットにて

アニータとローンは、その頃、私をよくクリスマスクラフトショーに誘ってくれた。クリスマス用の装飾品、その他クリスマスの準備に欠かせない物が売られていて、クリスマス前の島の風物詩となっている。出店者は地元のアーティストや職人、素人だけど手芸や工芸を得意にしているような人々でローカル色満載だ。手作りのクリスマスツリーオーナメントや、室内装飾品、クリスマスリース、クリスマスプレゼントに人気のマグカップやお皿、木工細工の家具やバスケットなど、素朴だが、そこでしか買うことの出来ない貴重なものばかり。初めて見る本場のクリスマス商品に、お財布のひもがついつい緩んでしまった。

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クリスマスの装飾/知人宅にて

アニータは手芸が得意で、時々、島のクラフトショップに自分の作品を出していた。特にパッチワークキルトが好きで、お孫さん全員に(10人ぐらいいただろうか)、それぞれ個人の特徴を入れ込んだ手作りキルトのベッドカバーをプレゼントしていた。アニータはクラフトショーには出展していなかったが、彼女もクリスマスの飾りを作っていた。その中でもひときわ記憶に残っているものが、手作りの「サンタクロース」人形だ。比較的大きなサイズで、丈は50cm以上あっただろうか。サンタクロースと言っても、あの赤と白の衣装を着て赤い帽子をかぶった大きなお腹のサンタではない。

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知人宅のサンタの飾り

写真のサンタはアニータの作品ではないが、このようなものだ。木を土台にして布切れやストッキング、綿などで顔の肉付けを行い、高級感のあるベルベット素材にリボンやスパンコールで飾られたガウンを着た威厳のあるサンタクロースだった。島の人たちが、クリスマスにそういうサンタを家の飾りに使っているのをよく見かけた。アニータは、最初は、自分自身や家族用に作ったのだったが、口伝えに評判を呼んで、たくさんの注文が舞い込むようになったらしく、しまいには夏頃からサンタを制作しないと間に合わないようだった。

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メインジャー

日本ではあまり見ることがないが、クリスマスの飾りの中でメインジャーというものがある。キリスト生誕の場面を再現したものだ。宗教色が濃い飾りだからかもしれないが、プリンス・エドワード島では多く見ることができた。友人や知人の家にお呼ばれしてクリスマスの飾りにメインジャーを見つけるたびに、日本のクリスマスがとても商業主義になっていることに気がつかされ、本来の伝統と精神が島の人たちの中でずっと継承されていることを改めて感じたものだ。

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副総督邸/シャーロットタウン

クリスマスの風物詩の中で、私が一番楽しみにしていたのがクリスマスのイルミネーションだ。日本でも都会のあちこちで、例えば、神戸のルミナリエとか六本木ミッドタウンのように美しいイルミネーションが見られる。シャーロットタウンでも、メインストリートや州議事堂や市庁舎など素敵に飾られるが、でも、私が楽しみにしていたのはそれとは違う。家そのものを飾るイルミネーションだ。

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ノース・ラスティコ村(Tourism PEI / John Sylvester)

島では11月終わり頃から、家族総出でイルミネーションの準備を始める。前庭にある大きな木をクリスマスツリーに見立てて飾ったり、窓枠を電飾でぐるっと囲ったり、屋根の上にサンタクロースとトナカイをのせてしまったり、庭にメインジャーを作ったり。ドアや窓枠だけを落ち着いた色のライトでシンプルに飾り付けをしたり。夜になって暗くなると、住宅地が様々な光で浮かび上がってくる。イルミネーションに飾られた住宅をゆっくり車で見て回るのがとても楽しかった。面白いことに、普段は全く車の渋滞など起きない島で、このイルミネーション見学のために渋滞が起きるのだ。素晴らしい飾り付けをした家の前には、車の列が出来、その家に着くまでに驚くほど時間がかかってしまうのだ。

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ノース・ラスティコ村

島の中でイルミネーションが一番美しいのはノース・ラスティコ村だった。「赤毛のアン」ゆかりの村キャベンディッシュの隣、ロブスター漁でも有名な漁村だ。その村が、夜になると目を見張るほどのクリスマスイルミネーションで輝く。たいていどのコミュニティーでも、静かな飾りの中に派手な飾りをした家が数軒あるという感じだが、この村のある一地区では、ほとんどの家が派手な飾りをする。一晩の電気代も相当かかって大丈夫だろうかと心配になるほどだ。たぶん最初は、どこかの一軒が派手な飾りを始めたのだろう。すると隣の家も、その隣の家も、競うように自分の家の方が素晴らしい飾りをしてやろうと、子供から大人まで一生懸命になってしまったのだろう。なんともほほえましいではないか。12月にプリンス・エドワード島に行ったら、ぜひ、このノース・ラスティコ村に見学に行ってください。ディズニーランドのエレクトリカルパレードにも負けないような飾りが見られますよ。

最近「赤毛のアン」を読み返すと、クリスマスのエピソードが逆に懐かしさを運んでくるようになった。島を離れて20年ほど。お世話になった人々の悲しい便りを聞くことも多くなった。その懐かしい人たちの笑顔と共に、クリスマスのワンシーンを思い出す。伝統が詰まったクリスマス。温かい家庭のクリスマス。それが脈々と継承されているプリンス・エドワード島。久しぶりに、クリスマスに島を尋ねたくなった。

文:高橋由香

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