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イヌイットとつながりたい 「石の島」の物語

「石の島」を旅する

ヌナブト準州
極北の海を流れゆく氷のかたまり

極北の海を流れゆく氷のかたまり

カナダの首都、オタワからまっすぐ北へ向かってきた飛行機の窓から、海に浮かぶ氷のかたまりが見えてきた。イヌイットが暮らすこの辺りでは、8月だというのに陸から流れ落ちた氷が海を流れ行く。北極が近い。そう思うとお尻がモゾモゾして、何だか落ち着かない気分になってきた。

草も木も見えないバフィン島

草も木も見えないバフィン島

なにしろここまでの道のりが長かった。成田発のエアカナダ便でトロントに着いた後、国内線に乗り継いで夜遅くにオタワに到着した。既に15時間以上移動した計算だ。飛行機で座っていた以外にしたことと言えば、トロント空港でひとり、ビールを飲んだだけだった。

翌朝早く、ホテルで朝食を済ませた後、オタワを発ってさらに3時間のフライト。ファースト・エアという聞き慣れない飛行機はようやくヌナブト準州の州都、イカルイトの空港に向けて着陸態勢に入った。漠然と、「イヌイットとつながりたい」と考えた僕の旅が始まる。

故ケノアジュク・アシェバクさん

故ケノアジュク・アシェバクさん

旅の前まで、僕はなぜだか、イヌイットは北米大陸のいちばん北の端っこで暮らしていると思い込んでいた。しかし実際には、彼らの多くは大陸のさらに北の方、イカルイトのあるバフィン島とか、あるいはもっと小さな島で暮らしていた。

もう1つ気づいたことがある。イヌイットが暮らす島はどれも「石の島」だということだ。草は多少生えるものの、木は一本も生えない。つまり、石と岩でできた島。だから日本のように、桜が咲いたり紅葉で山々が染まったり、そんな景色はここにはない。風景の変化と言えば、短い夏が終わるとすべてが雪と氷に閉ざされることぐらいだろう。

木がないのだから、イヌイットの島にはそもそも「紙」がない。にもかかわらず、故ケノジュアク・アシェバクさんというイヌイット女性はここで版画を始め、その第一人者となり、世界中にイヌイット・アートの高い芸術性を知らしめた。

ケノアジュクさん作「魔法にかけられたフクロウ」

ケノアジュクさん作「魔法にかけられたフクロウ」

僕がイヌイットと「つながりたい」と思ったのも、版画を通じてずいぶんと前から、イヌイットと日本が深くつながっていたのを知ったからだ。

作品のすみに捺された落款のようなマーク

作品のすみに捺された落款のようなマーク

実はイヌイットの版画は、浮世絵から連なる日本の版画技術を手本に発展してきた。紙のないこの島で、頭に浮かんだイメージを「版画」たらしめているのは、高知県などで作られた日本の和紙だ。だからケノジュアクさんの作品の端っこにはハンコというか、「落款」のようなマークが記されている。

こんなに遠く離れた日本と「石の島」が、実は深く深くつながっていた。世界は不思議に満ちあふれている。もっともっと、今まで知らなかったことを知りたいと心から思う。

カナダの旅を通じ、僕はまったく知らなかった人間味あふれるこの国の歴史や、日本との意外なつながりを知ることになった。教科書には絶対に載らない無数のカナダ人たちが懸命に生きてきた、その健気(けなげ)な営みの積み重ねに触れてきた。

ウクライナからカナダにやって来て、広大なプレーリーを腕一本で耕し、見事な穀倉地帯に変貌させた人たち。助け合う気持ちを強く持ったプリンス・エドワード島の人たち。カナダ最東端のニューファンドランド島では、「ニューフィー」と揶揄されながらも明るく懸命に生きる朴訥な漁師たちに泣き笑いさせられたりもした。

そうするうち、僕にはカナダがまったく違ったものに見え始めた。リアルなものとして僕の前にムクリと立ち上がってきた。そんな経験から僕はカナダの旅を、「きれい、楽しい、おいしいのその先にある、『心豊かな旅』」と呼んでいる。

かつては米空軍基地だったイカルイト空港

かつては米空軍基地だったイカルイト空港

イカルイト空港はそもそも、アメリカ空軍の基地として作られた。冷戦時代にはソ連からアメリカ本土を守るためのレーダー基地が置かれていた。離発着する飛行機は小さいのに、滑走路だけはやたらと長いのはそのためだろう。

空港内に描かれた「魔法にかけられたフクロウ」

空港内に描かれた「魔法にかけられたフクロウ」

空港ロビーでは早速、ケノジュアクさんの「魔法にかけられたフクロウ」が僕を迎えてくれた。あの「落款」もある。イヌイットの作品が空港の壁を埋め尽くしている。

空港内のイヌイット・アート

空港内のイヌイット・アート

旅では、きれいな景色を見て、楽しいことばかりで、おしいものを食べたいと思うのは当然だ。でも、あと一歩踏み出せば、その先にはきっと「心豊かな旅」がある。

この旅で、僕はイヌイットとつながれるだろうか。「石の島」で、僕は何を見ることができるのだろうか。

文・写真:平間俊行

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