STORY

歴史・文化 歴史・文化

イヌイットとつながりたい 「石の島」の物語

アーティストのDNA

ヌナブト準州
赤と白の建物、ヌナッタ・スナックッタンギト博物館の外観

赤と白の建物、ヌナッタ・スナックッタンギト博物館の外観

オタワでの朝食が早かったせいで、お腹がすいてきた。しかしイカルイトでは到着後、「ヌナッタ・スナックッタンギト博物館」を取材することになっている。ゆっくりランチを楽しむ時間はない。

この博物館を訪れる目的は、世界中のツーリストを「石の島」に引きつけて止まないイヌイット・アートの魅力の源泉を探ること。例えばケノジュアクさんからは、どうして「魔法にかけられたフクロウ」のような発想が出てくるのか、その謎を知りたいのだ。

冬はお休みになるフードトラック

冬はお休みになるフードトラック

時間もなかったし、話のネタにと珍しい肉のハンバーガーが食べられるフードトラックで昼食をとることにした。僕が選んだのは「セイウチ」のバーガー。トラックに貼られたメニューにも「walrus(ウォーラス)」とある。

冬はもちろん寒くて営業なんてしないさ、と話すおじさんはなかなかフレンドリーだったが、セイウチのバーガーはとてもおいしいとは言えないシロモノだった。

食べるのに苦労させられたセイウチのバーガー

食べるのに苦労させられたセイウチのバーガー

セイウチの肉は、少し柔らかめのビーフジャーキーみたいだ。まったくもって噛み切れない。とにかく一生懸命噛んで、あとは水と一緒に飲み込むだけだ。

顎は鍛えられた気はするが、顎の運動をしにわざわざ北極近くまで来たわけではない。文字通り「話のネタ」として食べるのはいいだろうと思う。現にこうして原稿のネタにはなっている。ところで、セイウチってどんな動物だったっけ。

狩りの様子と思われる光景が刻まれている

狩りの様子と思われる光景が刻まれている

白い壁に赤い屋根が印象的な博物館で僕が目にしたのは、文字を持たないイヌイットが大昔から、セイウチやイッカクの牙で道具を作り、そこに細かい絵や模様を描いていたという事実だ。そうだ、セイウチは2本の長い牙を持つ巨大な海獣だった。道具に変身するような長い牙が特徴なのだ。

櫛などにも細かい模様が彫られている

櫛などにも細かい模様が彫られている

イヌイットは生きるためのすべての糧を、セイウチやイッカク、北極イワナといった「生き物」から得てきた。なにしろ木の一本も生えない極地だ。だから豊かな猟となるよう、牙で作った道具に祈りとか願いとか、殺した動物への畏敬の念とか、そんな心からの思いを刻み続けたのだ。そして現代を生きる僕らには、イヌイットが生きたい、食べたいと思って刻んだだけの文様が、とんでもなく魅力的に映る。

そうやって気の遠くなるほど長い間、「刻む」ことを続けてきた結果、イヌイットには優れたアーティストとしてのDNAが備わっていったのだと思う。

カナダ大使館にある「踊るセイウチ」(作:マナシ・マニアピク、撮影:末正真礼生)

カナダ大使館にある「踊るセイウチ」(作:マナシ・マニアピク、撮影:末正真礼生)

イヌイットアートにはケノジュアクさんのような版画のほかに、石を刻む彫刻がある。イヌイットの彫刻は、東京・赤坂にある駐日カナダ大使館にも収蔵されているので、日本でも見ることができる。2002年に亡くなられた高円宮憲仁親王がカナダ留学中にイヌイットの彫刻に関心を持ち、収集されたもので、2017年のカナダ建国150周年を機に高円宮久子さまから大使館に寄贈された。

このコレクションにはホッキョクグマなどのほかにセイウチの彫刻もある。立ち上がって踊るユーモラスな白いセイウチは鯨の骨に刻まれている。イヌイットは主食として身近な存在だったセイウチを彫刻の題材に選んだのだろう。

石を削るイヌイットのアーティスト

石を削るイヌイットのアーティスト

彫刻家としてのイヌイットの才能に最初に気づいたのは、美術学校を卒業したジェームズ・ヒューストンという若き白人男性だった。彼がイヌイットから贈られた小さな彫刻のユニークさ、レベルの高さに驚き、イヌイット・アートとして世に広めたいと考えたのがすべての始まりだった。このことはおいおい、ゆっくりと話したい。とにかく長い話なのだ。

博物館の外では、イヌイットのアーティストが青みがかったソープストーンを削っていた。加工しやすいこの柔らかな石からは今、寝そべったセイウチが生み出されつつある。

こんなふうに巨体をごろごろ転がしながら、セイウチは浜から海へ戻ると聞いた。カナダ大使館にある「踊るセイウチ」も、イヌイットが見たセイウチのユーモラスな姿から生まれたのだろう。

ソープストーンから生み出されるセイウチ

ソープストーンから生み出されるセイウチ

セイウチはイヌイットの生活のすぐそばにいた。もちろん「食料」ではあったけれど、身近にいて、自分たちを生かしてくれる愛着ある存在だったのだ。今の日本人にそんな存在があるだろうか。僕には自信がない。

そうして僕は思った。バーガーの肉がまずいだなんて言わなければよかった。本当に申し訳ないことだ。迂闊な発言だったと反省している。

文・写真:平間俊行

string(0) ""

コメントを残す

  • Facebook
  • Twitter
  • YouTube

SEARCH