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イヌイットとつながりたい 「石の島」の物語

極北のフィールド・オブ・ドリームス

ヌナブト準州
イカルイトの脇道は舗装されていない

イカルイトの脇道は舗装されていない

ヌナブト準州の州都、イカルイトでの滞在は一泊のみ。午前中の飛行機でケープ・ドーセットへと向かう。実はその町こそ版画と彫刻、イヌイット・アートの拠点であり、今回の旅の本当の目的地なのだ。

出発まで時間がなかったので、早朝にホテルを出てイカルイト空港まで散歩することにした。空港とホテルを徒歩で往復できるほど、イカルイトは小さな「州都」なのだ。

丘の上に「箱」のような建物が並んでいる

丘の上に「箱」のような建物が並んでいる

幹線道路は舗装されているけれど、それ以外は基本、砂利道だ。だからここではアウトドア用の靴をお勧めしたい。でないと、足首を捻ったり、足の裏を痛めたりしてしまうだろうと思う。

イカルイトの風景はひどく変わっていた。建物は、どれもこれも「箱」のようだ。ここには木が生えない。建材となるものがない。だから家を建てるにしても、材料は外から運んでくることになる。それならば、ということで、最初から出来上がった「箱」のような形で持ち込み、それを組み立てて建物としている。

道路わきに“廃車”となった四輪バギーが詰まれていた

道路わきに“廃車”となった四輪バギーが詰まれていた

道路わきには壊れた四輪バギーが集められていた。日本なら廃車置き場といったところだ。砂利道が多く、長い時間、雪と氷に覆われるこの土地では、普通の車に加えて四輪バギーも大切な移動と運搬の手段なのだ。

左がケノジュアクさんのお孫さん

左がケノジュアクさんのお孫さん

そう言えば、カナダ観光局のある方はイカルイトで偶然、あの版画作家ケノジュアクさんのお孫さんに出会ったそうだ。彼女は土産物屋で働いていて、ちょうどお昼時だったのでランチ用のベルーガの生肉をふるまってくれたいう。

ベルーガというのは日本の水族館にもいる、口から「バブルリング」を出す愛らしい白イルカだ。イヌイットはその白イルカを普通に生で食べる。しかも、もちろん昔はなかったであろう日本の醤油をつけ、刺身のようにして食べている。

白い皮がついているのがベルーガの肉だ

白い皮がついているのがベルーガの肉だ

愛らしい白イルカを食べるなんて、残酷に思うかもしれない。しかし、そもそもイヌイットは野菜など育たない極北の地で、僕が食べたあのセイウチや、白イルカなどの生肉からビタミンやミネラルを摂取してきた。特に脂肪のついたベルーガの白い皮の部分は「マッタック」と呼ばれ、イヌイットの大好物なのだそうだ。

獲物を追い、犬ぞりを操り、テントや氷の家「イグルー」での移動生活をしていたイヌイットは、カナダ政府の政策によってひとところに定住させられ、その生活は激変した。ここイカルイトも、これから向かうケープ・ドーセットも、イヌイットにとっては自分たちとは無関係な事情で定住を余儀なくされた場所なのだ。

もちろんイヌイットだって、今さら「箱」のような家や四輪バギーを捨てて、犬ぞりやイグルーでの生活に戻りたいとは思っていないだろうけれど。

ダッグアウトや客席が道路わきにある野球場

ダッグアウトや客席が道路わきにある野球場

もうすぐイカルイト空港、というあたりで、散歩する僕の前に野球場が現れた。両チームのダッグアウトも小さな観客席もグラウンドの外、つまり道路わきに設置されていた。そのひなびた佇まいから、僕はふと「極北のフィールド・オブ・ドリームス」という言葉を思い浮かべていた。

空港の壁を彩るイヌイットアート

空港の壁を彩るイヌイットアート

ただし、イヌイットが好んで野球をプレイするとは思えないし、そもそも野球はカナダでは人気のあるスポーツでもない。もしかすると、かつてイカルイト空港が米軍基地だったころ、米兵のための作られた野球場なのかもしれない。

イヌイットが狩りをしていた北極のエリアには石油や天然ガスが眠っていた。だからイヌイットは国の政策で米軍がいた町などに集められ、定住を強いられた。それを知った僕は、イヌイットが「石の島」の石を削って彫刻を生み出し、木の生えない「石の島」で和紙による版画を生み出したことが、何とも小気味よく思えてしまう。

ユーモラスなセイウチの彫刻

ユーモラスなセイウチの彫刻

ホテルに戻ってタクシーにスーツケースを積み込み、今歩いて来たばかりの道を再び空港へと向かう。

イヌイット・アートは世界的に評価され、今やカナダを代表するアートになった。だからイカルイト空港でも彼らのアートが壁を彩り、セイウチのユーモラスな彫刻も、ケープ・ドーセットへと向かう僕を見送ってくれていた。

何度もカナダを旅しながら、僕はコッドと呼ばれるタラとか、健気に遡上するサーモンとか、そんなものに強烈なシンパシーを感じ続けてきた。次はセイウチなのだろうか。長い付き合いになるのかもしれない。僕はとにかく、いろいろなものに「はまり過ぎ」なのだ。

文・写真:平間俊行

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