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イヌイットとつながりたい 「石の島」の物語

偉大なアーティストは床で絵を描く

ヌナブト準州
イッカクの生肉は、刺身のように醤油で食べる

イッカクの生肉は、刺身のように醤油で食べる

ここで少し、極北の地の食の話をしておきたい。ただし、言っておくけれどケープ・ドーセットにはいわゆる「グルメ」はない。

既に紹介した通り、野菜は育たないし、イヌイットは伝統的にアザラシ、セイウチ、ベルーガなどの海獣、それにカリブー(トナカイ)や北極イワナなどを食べてきた。

手前が北極イワナの燻製

手前が北極イワナの燻製

このうち、カナダ国内で比較的お目にかかりやすいのは、北極イワナとカリブーだろう。僕がケープ・ドーセットで宿泊したホテルでも、朝食に北極イワナの燻製を出してくれた。

北極イワナは鮭の仲間なので、その燻製はスモーク・サーモンと似ている。そして、なかなかの美味でもある。

野性味あるカリブーのステーキ

野性味あるカリブーのステーキ

ホテルではカリブーのステーキも食べることができた。カリブーは季節ごとに、餌を求めて広い範囲を移動するので、カナダ各地で馴染みが深く、その料理にも結構お目にかかれる。少し野性味のある味で、歯ごたえもしっかりしている。北極イワナもカリブーも、機会があったら是非食べてみてほしい。

ケープ・ドーセットのマーケットに並ぶ食料品

ケープ・ドーセットのマーケットに並ぶ食料品

とは言っても、イヌイットが今でも北極イワナやカリブーばかり食べているわけではない。僕が見たケープ・ドーセットのマーケットには野菜や果物、冷凍の牛肉やピザ、ジュースなどが並んでいたし、ホテルで目にしたイヌイットはフライドチキンをほおばっていた。

そう言えば、ここに来る前に一泊した州都イカルイトには、カナダ国民が愛してやまないドーナツチェーン店「ティム・ホートンズ」があったし、寿司をつくるための海苔や醤油だって売られていた。だからベルーガやイッカクの生肉に醤油をかけて刺身にように食べることも行われているのだ。

ケープ・ドーセットで見た「SAPPORO ICHIBAN」

ケープ・ドーセットで見た「SAPPORO ICHIBAN」

どこで製造されているのかは知らないが、ケープ・ドーセットのマーケットにはインスタントラーメンの「SAPPORO ICHIBAN」も売っていた。

イヌイットは別に「孤高のハンター」ではない。いや、そういうイヌイットもいるかもしれないけれど、実際にはジュースも飲むしインスタントラーメンも食べる。前歯がない人も結構多いし、なんだか里帰りした時に出会う人懐っこい田舎のおじさん、おばさんみたいなのだ。

ケノジュアクさんの娘さん

ケノジュアクさんの娘さん

僕はケープ・ドーセット滞在中、あの偉大なアーティスト、ケノジュアク・アシェバクさんの娘さんに会うことができた。英語ができる彼女は、ケノジュアクさんの通訳として、海外の旅に何度も同行している。

ケノジュアクさんが20代で絵を書き始めたのは、ジェームズ・ヒューストンが何度も何度もやって来て、絵を描くよう勧めたからだという。
「魔法にかけられたフクロウ」が発表された1960年前後から、ケノジュアクさんは展覧会などのために世界各地を旅することが多くになり、娘さんもカナダ最大の都市トロントや首都のオタワ、アメリカのニューヨーク、フランスやオランダなどに同行したそうだ。

絵はケープ・ドーセットの自宅で描いた。それも「たいてい床に腹ばいになって描いていた」。腹ばいだからいつでも子どもの相手ができる。「描いている時に話しかけても、いつもちゃんと答えてくれた」という。

腹ばいで絵を描いたケノジュアクさん

腹ばいで絵を描いたケノジュアクさん

ケノジュアクさんは時々、こう言っていたそうだ。「子どもや孫のために描いてるの。お腹をすかせないように、食べたいものが食べられるように」。

イヌイットは「孤高のハンター」でもないし、芸術を極めようとアートをやっているのでもない。生きるため、子どもや孫が毎日きちんと食べられるようにと、かつては猟をし、次に絵を描き、彫刻を彫ってきた。だからその作品はイヌイット自身のような人懐っこさや愛着を感じてしまうのだろう。

ケノジュアクさんの好物、ロブスター

ケノジュアクさんの好物、ロブスター

「母が好きだったのは買い物と、レストランでおいしいものを食べること。シーフード、特にロブスターが大好きで、いつも幸せそうに食べていました」。茹でたプリプリのロブスターが大好物なんて、すごくいい。偉大なアーティストだけど、まったくもって人間くさい。

ジェームズ・ヒューストンは日本滞在中、日用品や手仕事の中に本当の美を見出す「民藝運動」の作家たちと交流を重ねたという。僕には、家族への愛情に包まれた日々の暮らしや営みの中から生み出されるイヌイット・アートは、どこか「民藝」と通じるものがあるように思えてならないのだ。

文・写真:平間俊行

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