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カナダの人々 カナダの人々

イヌイットとつながりたい 「石の島」の物語

忘れられない長老の話

ヌナブト準州
集落中でソープ・ストーンが削られている

集落中でソープ・ストーンが削られている

夏のケープ・ドーセットには、いつも土埃が舞っている。ピックアップトラックや四輪バギーが通るたび、舗装されていない道路からは大量の土埃が舞い上がる。

それだけではない。プレハブの家々の前では甲高い音とともに、大量の石の粉が空中へと舞い上げられているのだ。

ソープ・ストーンのホッキョクグマ

ソープ・ストーンのホッキョクグマ

ケープ・ドーセットの集落を歩くと、あちこちで真っ白になりながら電動の「丸のこ」などでソープ・ストーンを削る光景を見ることができる。まるで住民すべてが彫刻家のようだ。

イヌイットをアートの道へと導いた白人の画家、ジェームズ・ヒューストンは、かねてから極北の地に強い関心を抱いていた。彼はカナダ北方の集落、ムースファクトリーで暮らしていた時、さらに北へ行く機会を得た。1948年9月のことだった。

ヒューストンとの思い出を語るエルダー

ヒューストンとの思い出を語るエルダー

重体の子供を救うため、ムースファクトリーから医師が北の集落に向かうにあたり、ヒューストンは水上飛行機のパイロットの手伝いとして同乗が許されたのだ。その後、彼は医師とは行動をともにせず、憧れていたイヌイットの地に残って暮らす道を選択する。

そんなヒューストンを「お父さん」と呼び、ヒューストンからは「息子」と呼ばれていたイヌイットのエルダー(長老)に僕は話を聞くことができた。

「ヒューストンがやって来たことで豊かになった。彫刻のおかげで貧困ではなくなっていった。アートが豊かさをもたらしてくれた。彼には本当に感謝している」

ホッキョクギツネの毛皮

ホッキョクギツネの毛皮

1930年代、白人が持ち込んだ結核が極北の地に蔓延したのに続き、40年代のイヌイットはその生業(なりわい)さえも失っていた。当時、生活を支えていたホッキョクギツネの毛皮の価格が暴落し、彼らは経済的に「どん底」の状態に陥っていたのだ。

僕が出会ったエルダーは、まさに「どん底」だった1938年に生まれた。彼が10代前半の少年になったころ、ヒューストンはイヌイットの集落で犬ぞりで猟をし、ともに生肉を食べる暮らしを始めたのだ。

かつてのヌイットの暮らしを伝える博物館の展示

かつてのヌイットの暮らしを伝える博物館の展示

ある日、ヒューストンがひとりのイヌイットの絵を描いてやると、お礼に小さなカリブーの彫刻を渡されたという。ヒューストンはそこにアートの才能を見出した。少年だったエルダーも、初めて彫った作品をヒューストンに買ってもらったという。

「セイウチの牙にライチョウを彫ったものを渡すと50セントくれた。それでたくさんキャンディを買った。うれしかったよ」

博物館に展示されていた昔のイヌイットの写真①

博物館に展示されていた昔のイヌイットの写真①

この辺りでは一番の力持ちと言われるようになったエルダーは、彫刻家ではなく、彫刻に使う石を運ぶ仕事に従事するようになった。

いいソープ・ストーンが採れるのは対岸の山。海を渡り、大きな岩に穴をあけ、割れ目を作って石を切り出し、ボートに乗せる。1度の採石に2週間を要した。

博物館に展示されていた昔のイヌイットの写真②

博物館に展示されていた昔のイヌイットの写真②

ケープ・ドーセットの集落には、そのソープ・ストーンの粉が土埃とともに舞い続けている。およそ70年前、ヒューストンのアイデアで始まった彫刻は今、確実に猟に代わるイヌイットの生業となっている。

イグルーで生まれ、ヒューストンを父と呼び、今はアートを生業とするようになったこの集落で暮らすエルダーは、少し悲しそうにこう話した。

「かつて自分たちにとって、雪は何よりも大事だった。雪さえあれば帰れなくなってもシェルターを作ってしのげるし、雪の吹き溜まり方で方角も分かる。雪の呼び名は何百とあるんだ」

見て帰るだけなら嫌だな、と語るエルダー

見て帰るだけなら嫌だな、と語るエルダー

猟をやめ、雪の中で生き残る術も忘れつつあるイヌイットの今をエルダーは悲しんでいるようだ。でも、もしヒューストンが現れなかったとしたら?―。そう尋ねると、エルダーはもっと悲しそうな表情を浮かべた。ヒューストンがここに来たことはやはり、すべての「始まり」なのだ。

ケープ・ドーセットを訪れる僕らのような存在をエルダーはどう見ているのだろう。

「われわれのことを知りたい、学びたいと思って、本当の姿、現実の姿に興味を持って来てくれるツーリストなら大歓迎だ。ただ見て帰るだけなら、それは嫌だな」

どこを旅する時でも、その土地と人々に敬意を払いたい。これからのツーリズムは、受け入れる側にとってもハッピーなものでなければならないはずだ。

文・写真:平間俊行

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