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白き夜を 走る姿の 偲ばれる 雪面(も)に残る 鹿の足跡

アルバータ州

白き夜を 走る姿の 偲ばれる 雪面(も)に残る 鹿の足跡

この短歌は私がモントリオールの歌壇に入門した当時初めて投稿したものである。雪の中を愛犬と歩いていた時に数頭の鹿の蹄の跡がくっきりと雪面に残っていて、白白とした広い夜の荒野を数頭で雪をかすめて跳ぶ鹿の姿が目前に浮かぶ思いであったのを覚えている。鹿は昼間にはあまりみかけない。カナダ南部の大人の鹿は大鹿で、雄の角は大きな枝状に広がっている。

昔、軽井沢に住んでいた事がある。旧軽井沢の碓氷峠に差し掛かると二手 橋と呼ばれる橋がある。そこを左に曲がり、川沿いに登って行くと鬱蒼と木の茂った別荘地帯に入る。かなり歩くと長く高い石造りの塀に囲まれた豪 大な敷地の別荘があった。カナダ人の貿易商アンドリュース氏のものであった。塀に囲まれた自然の中にカナダ特有の丸太造りの別荘がある。清水が湧きいでて山葵が生えていたのを記憶している。

その豪大な敷地にアンドリュース氏はカナダの鹿を何度となく船で太平洋を渡って連れてきたと言う。しかしながらカナダ鹿は軽井沢の湿気の多い土地に合わず、その度に死んでしまったと敷地内を案内してくれた管理人の夫婦が話してくれた。角の大きなカナダ鹿を見るといつもその話を思い起こす。1960年代と記憶している。

私の住むカルガリーの郊外エルボバリーと呼ばれるコミュニティーは120エーカーの広大な土地に700戸の家が自然を壊すことなく上手に建てられている。湖水が3つ、谷間に降り流れる雪や雨を洪水から守るために作られた池が幾つもある。ロッキー山脈の雪解けの水が池や湖水に小川を通って流れ込む。春の雪解け時には小川は大河と化しエルボー河と名付けられた河に流れ込む仕組みになっている。起隆の多い谷間に、ありとあらゆるカナダの針葉樹、常葉樹、灌木が入り乱れている。荒野もあり、コヨーテの鳴き声がよく聞こえる。そこに住む動物、鳥類、サラマンダーと呼ばれる蜥蜴に似た生き物もいる。

夏の間サラマンダーは池の畔に住んでいる。近所の生物学者が秋口にサラマンダーが池から離れた丘の上を彷徨い歩いているのを見て気の毒に思い、池の畔に連れ戻した。家に戻って調べたところ「サラマンダーは冬の間は丘の上のプレーリードッグなどがほった穴を利用して冬眠する」と書かれていた そうである。それを聞いた我々はあの小さな身体と、短い足で、ようやく丘の上にたどり着いたのに、人間の手で池の畔に戻されたのを同情したものだった。最近私もサラマンダーを夏の終わりに池のほとりで目撃して、Facebookに写真を載せたところ即座に反響があり、その旨の注意書きがあった。例え知らなくても私にはあの気味悪い生物を手の平に乗せる勇気 はない。

冬によく見かけるのは、ムース、鹿、コヨーテ、山猫、野兎などである。 巨大なムースは鹿の様な、しかしはるかに大きい蹄の跡を雪面に残していくので、直ぐわかる。大きい割に大人しい動物で、何の被害をも与えない。大きいコヨーテは狼と区別が付けにくいが、穏やかな顔つきで、狼の様な恐怖感を与えない。走ったり、とっさの動きをしない限り、害を与えることは少ない。Bobcat と呼ばれる山猫となると話が違う。見た目はいかにも美しくしなやかであるが、小さめの犬や猫を庭に放すとサッと捕まえて食べてしまう。人間でさえも死に追い詰められることがある。

ある日私は当時未だ元気であった夫に聞いたことがある。「ダンテの散歩中山猫にあったらどうしたら良いかしら?」「まずダンテを抱きかかえて、それを山猫に投げつける。そして君は死に物狂いに逃げるんだね。」もちろんこれは夫特有の冗談であるが、その後夫に犬の散歩を頼むことはなかった。

自然に囲まれた湖水は冬には凍結し、コミュニティの管理人がスケートリンクを作る。ホッ ケーをする子供達、フィキギュアスケート、スピードスケートをする人々が 天気の良い日には氷上に戯れる。雪の丘をそりで滑る家族、クロカンやスノーシューズで歩く人もいる。カナダの冬は寒いだけだと思われがちであるが、実際には雪の中の散歩もこの上なく楽しく美しい。現在コロナの蔓延したこの時期に屋外で遊ぶことが勧められているので。広大な自然の新鮮な空気の中をマスク無しで歩けるのが嬉しい。

夜はクリスマスのイルミネーションが早々と見られ、其々の個性を活かした装飾が自然に浮かび、トナカイの鈴の音が聞こえてくるような気がする。 コロナウィルスを忘れさせる一瞬である。

ライリー洋子

成城大学卒業、大学院を修了して、カナダに渡る。
オタワ大学卒業。オタワ、モントリオール、トロントを経てカルガリーに永住。
カルガリー大学にて日本文化、文明、日本映画、日本語など日本研究の土台を同僚と共に設立。
2005年モントリオールブルテン歌壇に属し、以後詠草を続ける。
井上靖、「風林火山」英語翻訳、「ファウスト」400年際に「日本の漫画家の視点からの『ファウスト』」など数々のエッセイを記す。
2012年カルガリー大学隠退 2020 旭日単光賞 叙勲
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