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東風吹きて コロナ飛び交ふ 我が州に 駒鳥鳴きて 春を告げたり

ブリティッシュコロンビア州

東風吹きて コロナ飛び交ふ 我が州に 駒鳥鳴きて 春を告げたり

昨日降った雪が小川となって散歩道の傍を流れるのを見ると、春ここにありと感じる。私の住むアルバータ州の春の到来は遅遅として、五月の初めになっても木の芽が噴き出したり花が咲き始めたりしない。しかし枯れ草や未だ表面を覆う昨夜の雪は朝の暖かい太陽に何の抵抗も無く溶けて流れる。

駒鳥が到来し、ちょっと早すぎたかなと雪の梢に羽を膨らませている表情が如何にも可愛らしい。

駒鳥の「こんな筈ではなかったと」雪の梢に羽膨らます

池や湖水にも鴨やカナダ雁が喧しく鳴き交わす。夫婦らしきカナダ雁が甲高い声で、「カナダに行くのには未だ早いって私が言ったでしょ!」と言うように、氷の浮く湖で牽制し合っているのも目にする。

我がコミュニティーのFacebookにもサラマンダーが冬眠から覚めて池のほとりを這っている写真もでた。「ウチの前庭にも現れて、息子の恐竜のおもちゃかと思って拾おうと思ったら、動いているので心臓が止まる思いをした!」と言う反応が直ぐ投稿された。体格の良い鹿も群れをなして、裏の堤を走っている。緑や花が姿を見せる前に色々な形で春の訪れを感じる。コロナ菌の吹き荒ぶ中でさえ春はこよなく快く、心の弾む思いがする。

私のエッセイを読む限り、カナダは一概に「寒い国」だという印象を与えてしまう傾向があるので、今日は冬も暖かいバンクーバー島の春を紹介したい。

ビクトリア:北緯49度
札幌:北緯45度
東京:北緯35度

こうして見ると、札幌よりも緯度が高いビクトリアはかなり寒いのではと思いがちでしょうが、これが意外と年によっては2月の末に桜が咲き始めることもある。 引退後、夫が生存していた昨年まで、避寒の為に2月の半ばから4月までBC州のバンクーバー島で過ごした。ビクトリアはBC州の州都で海流と偏西風のせいで、これが同じカナダかと思われるほど暖かい。2月の初めにはヒース、クロッカス、水仙が、末には桜が、3月に入ると木蓮が美しく咲き誇る。これらの花が海抜の高いアルバータ州で咲くのは5月の末である。ビクトリア女王の誕生日5月24日迄は花を植えない方が良いと言うのが通例である。其れ迄は未だ雪も降り、霜の降りる可能性があると言うのである。実際に今年母の日に雪が降った。

ビクトリアでは2月に雪割りそうが咲き春の到来を告げる。この頃に最近日本ではエリカとも呼ばれるヒースが咲き乱れる。最もBC州では自然に咲くのではなく、公園などに人工的に植えられた色とりどりのヒースが競って咲いている。このヒースの発祥地はイギリスのムアーと呼ばれる荒地で、春の到来を告げる花である。

この花は幼い頃読んだ講談社の世界名作全集の中で度々登場している。記憶に鮮やかなのは、エミリーブロンテの「嵐が丘」、フランシスバーネットの「秘密の花園」、そして「赤毛のアン」などの中にも興味深い描写が見られる。

「秘密の花園」は両親を亡くし、旧英国領インドからの長旅に辟易した主人公メリーが夜の雨の中を最後の馬車に乗り換え、Moorと呼ばれるヨークシャーの荒野を通り見知らぬ叔父の館に向かう。「あの音はなんなの?」と問うメリーに館の家政婦メドロックはそっけなく答える。「荒野ですよ。」土砂降りの雨と風のうねりがヒースの低い茂みに覆われた荒野を吹きすさぶ音にメリーは「海じゃないでしょうね?」と問う。暗闇の雨の荒野を吹き荒ぶ風に身震いをするメリーは「私は荒野は嫌いだわ、大っ嫌い」と言い切る。しかし後に春の到来とともに小さな鈴の塊のようなピンクのヒースの花に覆われる荒野の美しさに打たれるメリーである。

ヒースはエミリーブロンテの小説「嵐が丘」にも現れる。ヨークシャーのヒースの咲く、荒野を背景に残酷非道なヒースクリフと同じく世間知らずで冷たいキャサリンの間に繰り広げられる強烈な愛と憎しみはヨークシャーのヒースの咲く荒野が忘れ難い印象を残す。

しかしイギリス、ヨークシャーの荒野に群れをなして咲くヒースがはるか大西洋を渡ってカナダに到来するに至る、ロマンチックな過程を描いた光景は、日本人にとり愛すべき「赤毛のアン」のシリーズの中に全く新しい知識として現れる。村岡花子訳「アンの愛情」(Lucy Maud Montgomery 著作) からその一節を紹介する。孤児院から男の子を欲しがっていた中年の兄妹の家にもらわれた天真爛漫、繊細な感受性を持つ孤児アンは、カナダの東海岸沿いのプリンスエドワード島ではじめて人並みに愛され、教育されて、後にノヴァスコシャ州の大学へ行く。その時のエピソードからの抜粋である。

「ロマンスといえば、あたし達、ヒースの花を捜していたんだけどー、でも、もちろん、ひとつも見つからなかったわ。季節が遅すぎたのね。」と、プリシラが言った。
「ヒースですって?」アンは叫んだ。
「ヒースはアメリカには生えないんじゃないの?」「全アメリカ大陸の中で、たった二ヶ所だけあるのよ。」と、フィルが説明した。
「一ヶ所はこの公園の中で、もう一ヶ所はノヴァスコシャのどこかなのよ、忘れたけど。あの有名なスコットランド高原の『黒色部隊』が、ある年一年間ここに野営していて春の季節に兵士たちがベッドの藁をふるった時に、ヒースの種がいく粒かこぼれて根をおろしたのよ。」
「まあ、なんて素敵なんでしょう!」アンは有頂天になった。

私がバンクーバー島の公園に咲き乱れるヒースの群を見て小躍りしたのは、10年ほど前であろうか。カナダの東岸に1世紀余り前に根を下ろしたヒースをカナダ西岸の公園で目にした時の驚きは形容し難い。勿論、アンの物語が描かれてから1世紀以上も経った今驚くに値しないかもしれないが、若かりし頃に読んだ「アンの愛情」[Anne of the Island]のこの場面が鮮明に脳裏を横切ったのを記憶している。

話をカナダ西岸のバンクーバー島にあるBC州のビクトリアの春に戻そう。カナダは日本と異なり、首都を国の又は州の大都市に置かない傾向がある。その理由は知らないが、カナダの首都オタワは静かな比較的小さな庭園のような街である。BC州の大都市はバンクーバーであるが、州都はビクトリアである。ビクトリアはバンクーバーからフェリーボートで渡るか、飛行機、又は水上飛行で渡る。車ごと渡してくれるフェリーだと一時間半以上かかる。食堂もあり、心地よい旅であるが、通勤者にはちょっと長い。ビジネス関係の人は水上飛行で30分ぐらいの通勤時間でバンクーバーの都心の水路から20人乗りぐらいの水上飛行機で飛び立つ。

ビクトリアは風情ある愛らしい街で、冬でも0度以下には滅多にならない。ここに住む人は「庭仕事をしないのは12月ぐらいですよ。」と言う。それ故、赤道に近いアメリカのフロリダやアリゾナ州で避寒をしたくないカナダ人は、バンクーバー島で冬を過ごすか、引退するとこの島に越 してくる人が多い。ビクトリアは“Newly wed or nearly dead” 新婚旅行者か死に近い老人の住む場所などと冗談半分に韻を踏んで呼ばれる街でもある。若者が多く老人の少ない新興州アルバータでのコロナのワクチンが3月に75歳以上から始まったのに、老人の人口の多いBC州では4月の末に80歳以上がようやく接種を受けているのも頷けるであろう。それ故車のスピード制限もアルバータ州では80から120km/hがビクトリアでは50から60km/hなのも頷ける。

ともかくカナダでは最も暖かい冬、早々と到来する春にカナダのどの州よりも早く桜が咲き始める。並木や公園の桜は戦後日本から贈られたもので、かなりの老木ではあるが、他のカナダが未だ雪に覆われている2月の末から3月にかけて咲き出す桜の美しさは表現し難い。日本の桜並木を彷彿させる。桜に続いて花を開くのが、木蓮である。暖かそうなビロードに覆われた新芽が、徐々に大きくなり、3月末に濃いピンクや淡いピンクあるいは白い大きな花をつける。惚れ惚れとするような美しさである。渡鳥であるカナダ雁すらここで冬を過ごす。

州都ビクトリアにはブッチャード ガーデンと呼ばれる55エイカーの素敵な庭がある。昔石灰岩を掘り出した後の大きな採石地の名残り沈床した土地を庭園にしたものであるが、周りを岩に囲まれているので、殆ど一年中花を楽しめる場所である。避寒の為私たちがこの庭を訪れるのは当然冬であるが、丁度ヒースを始め春の花を楽しめるのが、この時期である。モダンな食堂やお土産店もあるが、夫と私は犬を連れているので、ビクトリアの街中の日本の食料品店で、お寿司や、おにぎりなどを買い求めて、戸外のピクニックテーブルで、昼食をとった。子供達が幼い頃はお寿司やおにぎりなどをお弁当にするとクラスメイトに珍しがられ、得意になって私に告げたものであるが、最近は私たちのお弁当を「あっ、それどこで買ったの?」何て聞いてくるのを見ると時代の変化を感じる。

色々話が逸れたが、広いカナダの春は東海岸、平原地帯、ローキー山脈地帯、そして西海岸と春の到来の時期も咲く花々も異なるのが興味深い。北西領土などは現在五月半ばに大河の氷が割れ始め、ダムを形成し、洪水警戒のおふれが出ている。カナダに住んでみて初めてカナダの広大さを痛感する。それを少しでも春にちなんでお 裾分けできたらと思い筆を走らせている。駒鳥が緑になりつつある芝生を突き、甘い香りを放つ新芽が今にも開きそうなカルガリーであるが、西海岸ではとうの昔に春の花は終わりを告げている頃であろう。

ライリー洋子

成城大学卒業、大学院を修了して、カナダに渡る。
オタワ大学卒業。オタワ、モントリオール、トロントを経てカルガリーに永住。
カルガリー大学にて日本文化、文明、日本映画、日本語など日本研究の土台を同僚と共に設立。
2005年モントリオールブルテン歌壇に属し、以後詠草を続ける。
井上靖、「風林火山」英語翻訳、「ファウスト」400年際に「日本の漫画家の視点からの『ファウスト』」など数々のエッセイを記す。
2012年カルガリー大学隠退 2020 旭日単光賞 叙勲
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