05. バンクーバー朝日軍

カナディアン・ロッキーを越えて05. バンクーバー朝日軍

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ロッキーマウンテニア号はようやく今夜の宿泊地、カムループスに近づきつつあるようだ。この辺りは非常に乾燥した地域として知られている。相変わらずフレーザー川は満々と水をたたえているけれど、周囲の山々にはほとんど木が生えていない。

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最上級クラスの「ゴールド・リーフ」には車両の端にオープンデッキがあって、ガラス越しではなく直接、周囲の景色を眺めることができる。

写真を撮るならオープンデッキが最適なのだが、カムループスに近づいた時だけは少し気を付けた方がいい。

なにしろ乾燥しているので砂ぼこりが舞っていて、オープンデッキにいると知らないうちに、顔や耳の中が真っ黒になっていたりする。

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ロッキーマウンテニア号が走るこの線路は、大陸横断鉄道を実現したカナダ太平洋鉄道(CPR)の持ち物で、ロッキーマウンテニア号を運行する会社が線路を借りている、という構図になる。
日本でも知られているVIA鉄道もその構図は同じ。だからカナダではロッキーマウンテニア号に限らず、旅客列車より貨物列車が優先される。貨物列車に道、というか線路を譲るため、旅客列車がしばらく停車するという事態もしばしば発生する。

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すれ違う貨物列車の長いことと言ったら、いったい何両あるんだろうか。すれ違いが終わるまでに優に数分はかかってしまう。

こんな時は、オープンデッキにいても見えるものと言ったら、しばらくはさまざまな色をしたコンテナばかり、ということになる。

しかしこれは、日本では決して見ることのできない貴重な光景だ。一体いつまで続くんだろう、などと思いながら貨物列車を眺めているのも結構、楽しかったりする。いずれにしてもカムループスの直前さえ気を付ければ、オープンデッキは最高だ。

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そうそう、もう1つ最高なものがある。僕は車内で、ワインのほかにこんなものを飲んでいた。ちょっと紹介しておきたい。「シーザー」という名前のアルコールだ。

ぱっと見たところブラッディマリーみたいだけれど、使われているのはトマトジュースではなく「クラマト」というカナダ独特のジュースだ。

「クラマト」のクラは、「クラム=Clam(はまぐり or あさり)」のクラ。つまり「クラマト」はトマトとクラムのジュースで、これとウォッカで作るのがカナダ人が愛してやまない「シーザー」だ。

グラスの縁についているのはソルティドッグみたいに塩と、あとは何だろう、スパイスだろうか。タバスコをふったクラマトとウォッカとの間で、なかなかいいハーモニーを醸し出している。いずれこの「シーザー」の謎も追ってみたいと思う。

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さて、カムループスに到着するまであと少しだ。旅の初日を終えるに当たり、どうしてもこの写真を見ておいてほしいと思う。

大陸横断鉄道がバンクーバーまでつながり、香港―横浜との定期航路が就航したころにやってきた日本人の写真だ。

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みなさんは2014年に公開された「バンクーバーの朝日」という映画をご覧になっただろうか。

過酷な労働と人種差別に苦しむ日系2世の若者たちが野球チーム「バンクーバー朝日軍」を結成。体格差を補う頭脳的なプレー=ブレイン・ボールで大活躍し、そのフェアプレー精神によって白人の尊敬をも勝ち取っていく、というストーリーだ。

映画では、妻夫木聡さん演じるレジー笠原ら「朝日軍」のメンバーは、製材所で肉体労働に明け暮れていた。レジーの父親は佐藤浩市さんで、工事ごとに仕事にありつく鉄道建設の作業員。ジャニーズの亀梨和也さんが演じたエースピッチャー、ロイ永西は漁師だった。

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本物の朝日軍の初代エースピッチャー、日系2世のテディ・フルモト氏の孫にあたる、テッド・Y・フルモト氏が「バンクーバー朝日軍」という本を書いておられる。それによると、テディ・フルモト氏のご両親は、和歌山県三尾村の人たちと同様に漁師で、山口県大島郡からバンクーバーに渡ってきたんだそうだ。

英語も苦手で人種差別も受けながら、ベニザケ漁に従事したり、製材所で働いたり、鉄道建設の現場で汗を流した日系1世の人たち。

そして、野球でなら白人に勝つこともできるはずだと必死にプレーし、日系人社会に希望を与え、カナダ人からも声援を送られた日系2世の選手たち。かつて彼らが生きた場所こそがバンクーバーだ。

この地で鉄路と航路がつながったことが、バンクーバーの発展の引き金になったと言える。例えば香港から船でバンクーバーに運び込まれたお茶が、貨物列車でカナダを東まで横断し、最後はロンドンにまで輸送されたという。

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あるいは当時、金よりも価値があると言われたアジアのシルクが、やはりこのルートを通ってイギリスへと運ばれたんだそうだ。

日本人たちは仕事を求め、「食うため」という目的で発展するバンクーバーにやってきただけかもしれない。また、のちに太平洋戦争の勃発が日系人に過酷な運命を強いることにもなる。しかし、結果的にではあるけれど、彼ら日系人もまた、誕生したばかりのカナダの建設に貢献したことは、この列車の旅で記憶に留めておくべきことだと思う。

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陽もずいぶんと傾いてきた。カナダの国づくりの歴史に思いをはせる旅の初日はそろそろ終わりだ。

ロッキーマウンテニア号はスピードを落としながら、静かにカムループスの駅へとすべりこんでいった。

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