ホワイト・パス&ユーコン・ルート -開拓を辿る観光列車-
Tourism Yukon

ホワイト・パス&ユーコン・ルート -開拓を辿る観光列車-

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アラスカのスキャグウェイとユーコン準州カークロスを結ぶ「ホワイト・パス&ユーコン・ルート」。今では美しい湖や雄大な山岳風景があふれる、カナダ有数の観光列車として知られている。しかしこの列車は最初から観光目的で運行していたわけではない。そこにはカナダの開拓の歴史と深い関わりがある。

19世紀終わり、ドーソンシティで金が発見され、それを機に多くの人々が金を求めて押し寄せた。それは「クロンダイク・ゴールドラッシュ」と呼ばれる時代のこと。

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当時、一攫千金を夢見た人たちは、まずアラスカ州(米国)のスキャグウェイという港町まで船でやってきて、そこから険しい峠を越え、カナダ・ユーコン準州にあるドーソンシティを目指した。その途中でやっかいな存在だったのが、米国とカナダの国境にあるホワイトパス(White Pass)と呼ばれる峠。炭鉱に必要なたくさんの荷物を運び上げるために、何度も峠を上り下りする必要があった。スキャグウェイからホワイトパスまで、20マイル(32km)で約3000フィート(900m)も高くなり、勾配は3.9%もあった。

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そんな中、この峠において効率よく輸送するために建設されたのが「ホワイト・パス&ユーコン・ルート」である。
1898年5月、イギリスの投資家からの出資もあり、3つの会社によって約10億円規模の一大プロジェクトの建設工事がスタート。厳しい自然環境の中で工事を進め、1900年7月29日、スカグウェイからカークロスまで到達し、最後の犬釘「ゴールデン・スパイク」が打たれて完成した。ちなみに打ち込まれた犬釘は、「金」ではなく「鉄」だったとか…。

いよいよドーソンシティで一攫千金の夢が始まる―。そう期待した炭鉱の人々にとっては何とも皮肉なことに、炭鉱のための列車「ホワイト・パス&ユーコン・ルート」が開通したころにはゴールドラッシュは終わっていた。
その後、この列車は銅や鉛といった他の鉱物を採掘するために、人々を輸送し続けたが、1982年に金属価格が暴落し、多くの鉱山が閉山。輸送需要も途絶え、1982年10月7日、ついに鉄道は廃止となった。

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ホワイト・パス&ユーコン・ルートは、ゴールドラッシュ時代の象徴として、歴史の一部として残されるのかー。

幸い、そうならなかった。その理由は、ホワイト・パス&ユーコン・ルートがもたらす、あまりにも美しく、ドラマチックな景観だった。クルーズ船でアラスカへやってくる観光客に対して、この鉄道も十分な観光素材だ。そして1988年、ホワイト・パス&ユーコン・ルートは、観光列車としてスカグウェイとホワイト・パスの間で運行を再開。その後、フレーザー、ベネットと路線を延長し、最後はカークロスまで列車が到達した。

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現在、ホワイト・パス&ユーコン・ルートは、5月下旬から9月上旬の期間において、ユーコン準州のカークロスからスキャグウェイ(米国)までの約110kmの区間で運行している。

ちなみにカ―クロスまではホワイトホースから車で約1時間。ホワイトホースからバスで出発できるツアーもあるので、さまざまな旅行計画に組み込むことができる。この列車は往復するコースが大人気。つまり、移動手段というよりも完全に観光アトラクションと言っていいだろう。

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昔ながらのレトロな列車に乗ってしばらくすると、窓の向こうに深い渓谷が広がってくる。まるで遊園地のアトラクションのようにスリリングで険しい山並みだ。もちろん、スケールはケタ違い。

そんな時にかつての開拓時代を想像してみる。そうすれば単なる”きれいな”景色だけではない、特別な感動を味わえるはず。

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ゴールドラッシュ時代に開拓者たちの夢や希望を叶えるために建設された列車は、今では世界中の観光客に夢と感動を届ける観光列車として私たちを運んでいる。

開拓を辿る観光列車。そんな鉄道の旅はどうだろう。

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