08. ムースにおける三角関係

永遠のカヌー08. ムースにおける三角関係

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カヌーで湖面を進んでいく僕の耳に、牛の鳴き声のような「ムモ~」という声が飛び込んできた。ムース(ヘラジカ)のメスだ。

この巨大なシカ、ムースは繁殖の季節になると、メスがこんなふうに鳴いてオスを誘うんだ。

僕は以前、カナダの量販店みたいなところで、こんな商品の写真を撮っていた。これでムースのメスの鳴き声を出すことができるそうで、狩猟とか写真撮影とか、ムースのオスをおびき寄せるための便利グッズだ。

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しかし、こんなものに騙されてノコノコ出てきたとたんにズドン、というのも、なんだかたまらない気がする。

もちろん、僕はこんなグッズは持ってきていないし、使うまでもない。目の前でツノのない本物のメスが「ムモ~」と鳴き続けている。

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そして、さすがは本物というか、その鳴き声につられて森の奥の方から巨大なオスのムースの影がのそり、のそりと湖畔に近づいてきた。

でかい。名前の通り、「ヘラ」のような巨大なツノだ。壮年の、男盛りのオスのムースだ。この日、昼ご飯の前に遭遇した、まだツノの小さなオスとは迫力が違う。

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なんてことを考えていたら、午前中に見たアイツだと思う、あの若いムースが鳴き声につられて本当にノコノコとやってきてしまった。

つまりこれは、1頭のメスに2頭のオスという、ムースにおけるところの三角関係だ。

それにしてもツノの大きさといい、アゴの下のヒゲみたいな毛の伸び具合といい、同じオスでも迫力がまったく違う。体の大きさもかなり違うんじゃないだろうか。

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オスどうしの喧嘩でも始まるのかと思ったけれど、別に何事もなかったかのように2頭のオスは並んで湖畔のメスの方へと近寄っていく。

というより、この立派なツノを持つ壮年のオスは、隣にいる若いオスをまったく相手にしていないというか、視界にすら入っていない、という感じがする。

もうちょっと表現を変えると、同じ土俵に上がっていないというか、単なる通りすがりの人、みたいな扱いだ。

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ついに湖畔に3頭が並んでしまった。自分が出した鳴き声の「効果」が気になるのだろうか、メスがうしろを振り返って2頭のオスの存在を確認している。

「ムモ~」―。牛みたいなその鳴き声の効果は抜群だ。それにしてもこんな光景、めったに見られるもんじゃない。一度に3頭も、しかもムースの三角関係だ。

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と、思っていたのは僕だけだったようだ。当事者の3頭はというと、森の奥へと消えていくメスと、当然のごとくその後ろをついて行く壮年のオスと、そしてなんとなく離脱していく若いオス、という構図になっていた。

ムースのオスの優劣というのはツノの大きさや体格であっさり決まってしまうらしく、実際に喧嘩をしたりすることはあまりないそうだ。

だから最初から勝負は決まっていたのかもしれない。

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ただし、勝ったとはいってもすぐに結婚できるわけではなく、メスの繁殖準備が十分に整うまでの間、オスは何日も何日もメスを追いかけ続けなければならないそうだ。

なんとなくその表情も、「こっちだって大変なんだよ」と言っているような気がしないでもない。「男はつらいよ」といったところだろうか。

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一方、2頭に相手にすらされなかった感じの若いオスは、これまた気分転換が早いというか、どうやら食事をすることにしたようだ。

水の中へと入っていき、何事もなかったかのように、好物の水草をもしゃもしゃと食べ始めた。

ムースというのはこの巨体にもかかわらず、基本的には木の枝とか葉っぱ、それに水草とか、そんなものを食べていて、ムースの語源も先住民のアルゴンキン族の言葉で、「小枝食い」からきているそうだ。

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食べてる食べてる。結構カヌーを近づけてシャッターを切っているのだけれど、逃げるそぶりはまったくない。よほどお腹がすいているんだろうか。

ちなみに、ムースの肉というのは本当に美味しくて、それはもう、ビーフなんかの比ではないんだそうだ。

ただし、レストランで出てくることはなくて、ハンティングで仕留めた人だけが食べられるものであって、まずは冷凍庫にムースの肉を持っているという人と友達にならないと食べることはできないらしい。

この若いムースのキョトンした表情を忘れた頃に、是非どなたかにご馳走していただけないかなあ、などと僕は思っている。

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