Day3&4 カンギスジュアク&ディッジス島
紀元1400年頃からイヌイットが生活した痕跡を残す岩の島、ディッジス島

C.W.ニコル、北極圏 への航海。Day3&4 カンギスジュアク&ディッジス島

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ハドソン海峡の朝、右手に見える陸地はアンガバ半島だ。海生動物は出ないかと海に目を凝らす。

アクパトク島を離れた「オーシャンエンデバー」は、 ハドソン海峡に入り、3日目の目的地、カンギスジュアクの村を目指して岸沿いに北西へ向かった。

すでに北緯61度を超えて北に上がってきたが、午前6時半の海上の外気温は摂氏9度とそれほど寒くない。

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今回の旅「Heart of Arctic」の講師で、芸術家のジョン・ヒューストン氏。背後の石積みは昔この島を往来したイヌイットが残した指標の一つ。

ハドソン海峡を最初に通過した西洋人探検家は、記録上は英国のヘンリー・ハドソンとなっている。1610年6月のことだった。ハドソンが率いたディスカバリー号は、北ヨーロッパから太平洋に抜ける北西航路の発見を目指していた。ハドソンは海峡を抜けたあと、岬を左に見て回り、岸沿いに南下して、今のハドソン湾のさらに南に続くジェイムズ湾にまで至った。

彼らはそこで越冬し、次の春を迎えたのだが、ここでトラブルが起きた。まだ先へ航海を続けるというハドソンに対して、乗組員が反乱を起こしたのだ。反乱者たちはハドソンとその息子ほか7人を小型ボートに乗せて、海に流してしまった。ハドソンたちの消息はその後分かっていない。

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我々の4日目の目的地、ディッジス島の名前も、ハドソンの探検につながっていた。ディッジスは、このときの探検航海にあたって、ハドソンのパトロンだった人の名にちなんでいる。

クルーズ3日目に訪れたカンギスジュアクは、地元の人々、つまりイヌイットの人々と触れ合う機会が設けられた最初の村だった。それは海峡から切れ込んだ入り江の奥にある、周囲を山に囲まれた美しい場所だ。

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土地の女性たちがイヌイットの伝統食をふるまってくれた。雪と氷の世界で生きるために必須の食物だ。

我々船客たちは、土地のコミュニティセンターでイヌイットの伝統的な食べ物を試食させてもらい、学校の体育館では、屋内で遊ぶイヌイット式の野球を一緒に楽しませてもらった。伝統的な食べ物とは、アザラシの肉、カリブーの乾燥肉、シロイルカの脂肪、夏にだけ採れる野イチゴ類や野草などを言う。

皮つきの脂肪は慣れていない舌には、うまい!とまで感じられなかったが、ビタミン豊富で栄養価が高いのだとあとから知った。逆境を生き抜く人間の知恵と自然の恵みの偉大さ、その一端を噛みしめた、そんな気がした。

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