04. スケートカナダ・インターナショナルへ

2015~16年フィギュアスケート、カナダ大会撮影記04. スケートカナダ・インターナショナルへ

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レスブリッジへは、トロント国際空港から早朝に出発するエアカナダ・カルガリー便に乗り、カルガリーからはレンタカーでハイウエイを走った。
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遠くにカナディアン・ロッキーを横目に見ながらのドライブは、お天気が良かったこともあり爽快だった。どこまでも続く一直線の道路は、カナダならではの風景といえるだろう。北緯49度線に近づくこの辺りを走っていると、カナダ西部の開拓時代を思わせる牧場風景が広がっているのに気づかされる。レスブリッジは第二次世界大戦後に日系人が移り住んだ街としても、よく知られている。
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カルガリーからレスブリッジの街に入ると、手前に横たわる深い谷にかかる鉄道の高架橋がある。会場のアリーナ(ENMAX Centre)へは宿泊していたホテルからクルマで約10分。いつもこの谷に沿う道路を走っていた。レスブリッジの天気は曇ったり、風が強かったり、雨が降ったりくるくると変わる 。会場にいた地元とおぼしき方に聞くと、笑顔で「Welcome to Lethbridge!」と言っていたから、いつものことなのだろう。もしかしたらこの地形が、風の強い天候を作り出しているのかもしれない。
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記者証の登録をし、いつものように会場の確認をする。アリーナは約6,000席と中規模で設備は整っていたが、メディアセンターが最上階だったため機材を抱えて階段を上り降りしなければならなかった。広々とした部屋の端の方にパソコンと機材を置き、これから4日間のワークスペースを確保する。正面には記者会見場もしつらえてあり、期間中は選手たちのインタビューが行われていた。
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公式記者会見では、問いかけられる質問に対し羽生選手が極力英語で答えてようとしていたことが印象的だった。通訳者は常に寄り添っていたが、彼は技術的なことがらについて、また気持ちの部分についても自分の言葉で語っていた。日本人として外国に住むということがどういうことなのか。自分の思いを、自分で語ることがどれだけ大切なことか。それは海外に住む者が皆共通に身にしみていることだ。彼は記者会見でも、実に勇敢だった。

写真協力
ベースボール・マガジン社「フィギュアスケート・マガジン」

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