05. 氷上を行く潜水艦

「1000万平方キロ」の奇跡05. 氷上を行く潜水艦

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ノースウエスト準州の州都で、オーロラ観光の拠点として知られるイエローナイフ。この街を抱くように広がるグレート・スレーブ湖の凍った湖面を、雪を舞い上げて爆走する乗り物が見える。遠くからもその豪快なエンジン音がここまで響いてくる。伝説の雪上車、ボンバルディアB12だ。

僕なりにひとことで表現すると、「愛嬌・無限大」。その丸いガラス窓から、僕は勝手に「氷上の潜水艦」と呼ぶことにした。それにしても疾走するその姿は、健気としかいいようがない。

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ところで、おまえは何を伝説と言っているのか、とお叱りを受けるかもしれない。しかし、ボンバルディアB12は生きた伝説、レジェンドの名にふさわしい、とんでもない乗り物なんだ。

なにしろ、世界第3位の航空機メーカー、ボンバルディア社製のこの雪上車、1940年代に生産され、70年以上経った今も現役だというんだから本当に驚きだ。

今のように冬でも通行できる道路がなかった時代、ボンバルディアB12は冬期に車に代わる乗り物として世に送り出された。例えば病人や郵便物を運んだり、子どもたちを学校に送迎するといった役割を担っていたそうだ。

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それにしてもこの愛らしいフォルムときたらどうだろう。後方はキャタピラ=無限軌道になっていて、前はスキーをはいている。そしてなんといっても、丸い背中と潜水艦のような丸い窓が愛嬌たっぷりだ。

しかし、B12が今も現役なのは、もちろんその愛嬌のゆえではない。道路が整備され、冬でも車での移動が可能になると、B12は病人や郵便物を運ぶ代わりに、真冬の湖での漁業「アイス・フィッシング」に欠かせない存在として重宝されるようになったんだ。

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グレート・スレーブ湖で3代にわたって漁師をしているショーンさんは、氷上での漁のためにB12を5台も保有している。彼によると、車内にヒーターが付いているので魚が凍らないし、荷物をたくさん運べるのがB12のいいところなんだそうだ。

日本でも寒い地方では凍るのを防ぐために食材を冷蔵庫に入れる、ということがあるけれど、たぶんそれと同じ。スノー・モービルで引いたそりの上では魚はたちまち凍ってしまうし、そもそも運べる量にも限界がある。

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さて、伝説のボンバルディアB12に乗って、ショーンさんのアイス・フィッシングに同行させてもらえることになった。車内はというと、シートはなく、クッションというかマットレスというか、まあ、とにかく座れるようにはなっている。

内装というのか内側というのか、とにかく中は車には不釣合いな板張り。というか、どちらかと言うとベニヤ張り。70年以上前、新品のB12の内装はどんなだったんだろうか。

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B12が動き出すと、大音量のエンジン音とともに激しい縦揺れと横揺れが始まる。凍った湖面は雪が積もって平らに見えるものの、実は強い風によって波立ちながら凍るため、けっこうな凹凸がある。

氷点下の外気がいい感じで車内にも伝わってくる。あ、伝わってくるのは外気だけかと思っていたら、雪も直接的に車内に吹き込んでいる。

運転するショーンさんの肩に、湿り気のまったくない粉のような雪が積もっていく。

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さらによく見ると、運転席のドアにはあとから取り付けたであろうチェーンが付いていて、まさにDIY、といった感じ。天井の金属の部分は車内だというのに凍りついている。

ああ、いまごろ気がついた、このサンルーフ的なもの、なんだろう?

B12は氷点下の冬しか出番がないのだから、サンルーフを開けても太陽の光やさわやかな風は入ってこないというのに。

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ショーンさんが気を効かせて開けてくれた。やっぱり寒いだけだ。きょうの最低気温は氷点下39度だと聞いているがー。

何か法規制とか、そもそも車検とかないんだろうか。そう言えば乗る前に見たけれど、外側のボディーにはガムテープみたいなものも貼ってあったし。

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補修を繰り返してはいるけれど、いつかはこのB12も使えなくなる日が必ず来る。その時はどうするのか、ショーンさんに聞いてみた。

「ディーゼル車とガソリン車ではディーゼルの方がやはり燃費がいい」

質問の趣旨が伝わっていないようだ。僕が聞きたいのは、既に70年以上走っているわけだし、いつか必ずこのB12にも最後の日が訪れる、ということなんだけれど。

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「自分は新しいものを買うよりも、ディーゼルに改良して燃費をよくしたり、パーツを交換したりして使っていった方がいいと考えているんだ」

質問の趣旨はある程度伝わっているようだ。質問の角度を変えてみる。「お子さんはこのB12を引き継ぐと思いますか?」

「1番下の5歳の息子はいろんなことに興味があるし飲み込みも早いので、彼がやるかもしれない。子育ての上でもできるだけシンプルな、昔のやり方に触れさせたいんだ」

実に正確にこちらの質問を理解されていたようだ。それにしても、B12が使えなくなる日がくるなんて微塵も思っていないという、この自信。なにかあったって、俺の手でB12を修理して、また「移動」してやるぜー。ショーンさんの笑顔にはそんな自信が満ち溢れていた。

コメント

  • 伊井 敏廣

    三年前訪問。アイスロードは感激でした。オーロラだけの知識で訪れた土地でしたので。

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