
STORY
超お手軽!! トーテムポール大紀行
10. イチ推しの傑作「ハイダグワイの精霊」
個人的な話で恐縮だが、こうした先住民彫刻の中で、私が最も深い感銘を受けた、イチオシの傑作が、バンクーバー国際空港の一角に鎮座している。

ビル・リードのブロンズ像、「ハイダグワイの精霊;翡翠(ひすい)のカヌー (Spirit of Haida Gwaii, the Jade Canoe)」だ。
ハイダグワイ、即ち、ハイダの島々の神話世界に登場する動物と人間が、力をあわせてカヌーを漕ぐ姿を象った作品で、長さ6m、高さは4m弱に及ぶ。
ビル・リードは、既述の通り、スタンレーパークの「チーフ・スケダンズのポール」を彫り、人類学博物館の「ハイダ族の村」の制作も担当した作家だ。

「ハイダグワイの精霊」が物語るのは、かつてハイダグワイを大災害が襲い、超自然の生きものたちと、辛うじて生き残った人間が、魔法のカヌーに乗って避難する様子だ。
船首に坐るのは、人間の女と結婚したクマ。左舷に妻である人間の女性と、子グマが配されている。
クマの足許には、カエルが這う。両生類のカエルは、ハイダの二つの世界、陸界と水界の仲立ちをする。
艫(とも)に陣取るワタリガラスは、ハイダの神話世界を創った鳥だ。そして、作者ビル・リードによると、カヌーの真ん中で行く手を見つめる人物こそ、「ハイダグワイの精霊、かもしれないし、そうでないかもしれない」という。
もっとも、私が初めてこの彫刻作品に接した時、上に述べた、この作品が何を物語っているかといったことは全く知らなかった。それでも、素直に、ひとつの美術作品として楽しめた。ハイダ美術の伝統に則って造形された、異形の動物像や人物像が、活き活きと躍動し、圧倒的な力で迫ってきて、実に見ごたえがあった。
光沢を帯びたブロンズが、銅色から暗緑色へ、絶妙に移り変わり、その質感は、標題通り、ヒスイを想わせる。限られた空間に、13もの構成要素が、ぎっしりと、しかし見事にバランスよく配されていて、いくら見ても飽きない。

「ハイダグワイの精霊」は、バンクーバー空港国際線ターミナル2階、セキュリティー・チェック手前のロビーに置かれている。バンクーバー市内から入れば、航空券もパスポートもなしに見ることができる。
付近の外壁は、板ガラス製の美術作品で、BC州の海岸を洗う荒波を表現している。
この外壁を背景に「ハイダグワイの精霊」を見ると、あたかも、カヌーが波をかき分けて進んでいるかのように見える・・・という趣向だ。
文:横須賀孝弘