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歴史・文化 歴史・文化

カナダ国立博物館巡り

国立人権博物館①

カナダの5つの国立博物館のうち、最も新しくオープンしたのが国立人権博物館だ。カナダのほぼ中央、アメリカとの国境近くにあるウィニペグ市にできたこの博物館は、首都のオタワ以外に出来た初の国立博物館になる。オープンは2014年9月。ウィニペグを流れる2つの川が交わる地点から僅かに下ると、橋の向こうにユニークな姿をした建築が姿を現す。このあたりは、かつてカナダ先住民の聖なる土地だったところで、発掘調査では6~7千年前の土器などの発掘品が40万点も出てきたという。そうした歴史の物語を持つ風景と斬新な建築とが違和感なく融合しているのが不思議だ。

建物の設計者はAntoine Predock(アメリカ)。12カ国から集まった60の応募案の中から選ばれた。特徴的なのは、幾重にも重なった局面のガラスで覆われた壁と、高い塔である。入り口の方向から見ると、鳩が羽をたたんで休んでいるようにも見える。設計者はロッキーマウンテンなどカナダの自然に触発されたというが、例えば、建物から四方に伸びるスロープはカナダの大草原をイメージしている。また、高い塔は遠いところからでも見える灯台、それも人権の望ましいあり方を教えてくれる道しるべの役割を持つ。建物に入って下から眺めると分かるが、この塔は暗いところから明るいところへ導く道しるべでもある。

世界唯一の国立人権博物館が、なぜウィニペグに出来たのか。それはウィニペグ出身の実業家で、文化・福祉の支援者(篤志家、フィランソロピスト)のIzzy Asper(1932-2003)が追い続けた夢の結果だった。ユダヤ人の彼はアメリカ・ワシントン市にある「米国ホロコースト記念博物館」に学生たちを送って教育を行ってきたが、いつかカナダにも人権を考える博物館を作りたいという夢を抱き基金も作った。その願いは、彼が亡くなった2003年以降も娘のGail Asperに引き継がれ、2008年には国家事業として認められる。ウィニペグの人々を中心に集められた(日本円にして)150億円の寄付も生かして博物館は完成した。

人権という極めて扱いが微妙で難しいテーマをどう展示し、どのように説明するのか。展示物にはどんなものがあるのか。ちょっと考えただけで、博物館が取り組んできた難しさが想像できそうだが、早速、担当のジョゼフ(Joseph Peloquin-Hophner)さんの案内で博物館の中に入ってみた。まず建物の模型を置いた広い空間に出る。周囲に椅子なども置かれていて、見学者たちが待ち合わせしたり、くつろいだりする空間になっている。そこの壁には、カナダ先住民の12の言語を含め、36の言葉で表現された「ようこそ」が映し出されていた。多民族で成り立つ世界とカナダの多様性を意識した「ウェルカム・ボード」である。

そして隣の展示室には、人権について語られた(肯定も否定も含めた)100以上の記述が、それを語った世界の著名人の写真とともに、年代順にパネルになって並んでいる。実に多様な表現が示されている。

ジョゼフさんによれば、地球上に70億人いる人々が、それぞれの考え方を持っている。その人々が何に同意し、何に同意しないか。このパネルを見ることによって見学者自身が自らに問うことになる。博物館は、人権について見学者と一緒に考える方針であり、見学者の自由を尊重する。つまり、上から見下ろすようなことをせず、考えを押しつけない。それが、他の博物館と違うところだと言う。

そして次に、世界人権宣言の第一条のパネルが現れる。「All human beings are born free and equal in dignity and right」(すべての人間は、生まれながらにして自由であり、かつ、尊厳と権利において平等である)。1948年に国連が作成したこの人権宣言は起草委員会の主要メンバーの一人だったカナダ人(ジョン・ピーターズ・ハンフリー)によって英語版の草稿が作られた。ジョゼフさん(写真)は「まだ実現されない理想」だと説明してくれたが、これが人権博物館を作る上での一つの指標となっているのだろう。

博物館は、その理想に向かって様々な角度から展示物や展示法を検討してきた。1700人の人々にインタビューし、専門家、学者、活動家、アーティストなどにも相談した。委員会を作り、先住民、教育者、学者、若者、大学などから理事会に参加して貰いながらアドバイスを受けている。人権、それも世界規模の人権問題に真正面から取り組もうとすれば、それだけ膨大で緻密な検討が必要になるということだ。さて、ちょっと前置きが長くなったが、こうした取り組みのもとに、具体的にはどのような展示や展示法が採用されたのか。それを次回に見ていく。(つづく)

文・写真:軍司達男

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