08. 北の空の英雄

「1000万平方キロ」の奇跡

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イエローナイフのかつての中心部、オールドタウンには、「THE ROCK」と呼ばれる小高い丘がある。

ゴツゴツした黒い岩でできたこの丘に立つと、起伏の少ないイエローナイフの街並みを一望することができる。

「THE ROCK」はこの辺りで最も高い丘であり、街ができた頃のランドマークだった。

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19世紀にゴールドラッシュが起きた時、開拓者たちを乗せた飛行機は着陸に当たり、この黒い丘を目印にしたのだという。

ただし、その頃のイエローナイフに滑走路はない。

だから飛行機にはタイヤではなく、スキーやフロートをはかせ、水上や凍った湖面を「滑走路」として利用していた。

一攫千金を夢見る男たちや、彼らが極寒の地で生き抜くための物資を運んだ飛行機を「ブッシュ・プレイン」といい、その操縦士たちは「ブッシュ・パイロット」と呼ばれた。

その名の通り、彼らはどんな未開の森林地帯であろうと、湖面を、雪原を見つけては、見事に離発着してみせた。

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もう少し説明しないと彼らのすごさを分かってもらえないと思う。例えば「雪原」での離発着はマイナス30度の世界で行われると言ったら、どう感じるだろうか。

素人の僕にだって、機体にトラブルが起きやすいことや視界の確保が困難であろうことは容易に想像できる。それに、何をやるにしても、とんでもなく寒すぎる。

気象に関する情報だって少なかっただろうし、飛行機の性能も今とは違いがあっただろう。写真のように、かつては飛行機に取り付けたスキーが木製だった。壊れたりしないんだろうか。

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そんな危険なフライトを繰り返す彼らがいなければ、ここでは一切のライフラインが絶たれてしまう。だから誰もが、ブッシュ・パイロットに敬意を払っていた。

時には悲しい事故も起きたようだ。「THE ROCK」には、イエローナイフの開拓に大きな貢献を果たした彼らのモニュメントが設置されている。

もちろん今では各地に空港ができたけれど、真冬のフライトが危険なことに変わりはない。

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ブッシュ・パイロットたちは今も変わらず、イエローナイフから周辺のコミュニティに物資を運んだり、「空の救急車」の役割を果たしながら、極北の地に暮らす人たちを支え続けている。

ブッシュ・パイロットは今も昔も、北の空の英雄なのだと僕は思う。

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僕はイエローナイフで、自らもブッシュ・パイロットであり、「バッファローエアー」の経営者でもあるJoe McBryanさんに会うことができた。Joeさんによると

農家で生まれた子はトラクターで育つ。
鉱山で生まれた子はブッシュ・プレインに乗って育つ。

―という言葉があるんだそうだ。

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鉱山で働いていたご両親のもと、移動手段と言えば夏はカヌー、冬は犬ぞり、遠くに行く時はブッシュ・プレイン、という環境で育ったJoeさん。

ブッシュ・プレインを見て育ち、子どもながら実際に乗せてもらうこともしばしばあったという。

だから17歳の時にアルバータ州・エドモントンの航空学校に進み、ブッシュ・パイロットの道を歩み始めたのも「自分にとっては自然なことだった」のだそうだ。

Joeさんのパイロットとしての経歴は50年をゆうに超える。

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この間、鉱山への物資の運搬はもちろん、ウッドバッファロー国立公園で保護されている野生バッファローの生息数を上空から数えたり、山火事の鎮火に当たったりー。

鉱物資源の探査のため日本人サラリーマンを乗せたこともあるそうだ。ちなみに彼らはわざわざビジネススーツを着てやってきたそうだ。

とにかくJoeさんは、地上からは近づきにくい場所へと飛行機を飛ばし続けてきた。

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長いキャリアの中で、きっと絶体絶命のピンチもあったに違いない。血湧き肉躍るエピソードを紹介してもらおうと質問したけれど、そういう話はしゃべりたくはないようだ。

ある時、「犬ぞり」のそりや犬を乗せた時、エンジントラブルで煙が発生し、“乗客”である犬が吠えて異変を知らせてくれたんだそうだ。

「引き返そうとしているのに犬が飛行機から降りたがってね。あれは困ったな」とニヤニヤ。

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笑い話になるような“ピンチ”がぎりぎり話せるところ、ということだと思う。どうピンチを切り抜けたかを自慢げにしゃべるなんて、ブッシュ・パイロットのプライドが許さないのだろう。

「星や月や風。自分で天候を読んで航路を定める、今どこにいるかを把握するのが大切だ。今はナビやGPSがやってくれるけど。船乗りが潮や鳥を見るとの同じさ」

どんな危険に直面しても、俺は必ず戻ってくると言わんばかり。北の空の英雄はどこまでも逞しい飛行機乗りだった。

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