探訪!西部カナダの戦国時代

01. 楽しい!ボヤジャー祭り

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東西カナダの真ん中を示す看板(ウィニペグ郊外)

大西洋から太平洋まで広がるカナダ。その東西のほぼ中央に、マニトバ州の州都ウィニペグは位置している。「西部カナダはここから始まる」とされる街だ。

大陸の真ん中だけに、気候も典型的な大陸性。つまり、夏は暑く、そして冬は極端に寒い。真冬の気温は-40℃を下回ることも。冬が長く、厳しいので、「ウィンターペグ」なんてあだ名もついた。

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そんなウィニペグの冬もようやく峠を越える2月。「フェスティバル・ドゥ・ボヤジャー(ボヤジャー祭り)」が10日間に渡って催される。10万人もの人たちが訪れる、西部カナダ最大の冬祭りだそう。

フェスティバル・ドゥ・ボヤジャーを訪ねてみた。

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暖かなテント小屋でひと休み

みごとな雪の彫刻が並び、テント会場ではバンドのナマ演奏。顎ひげコンテストも催される。子どもたちは、元気いっぱい、カンジキ競走や、そり遊びを楽しんでいた。ウィニペグの冬を地元の人たちと一緒に満喫できる祭りなのだ。

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モントリオールやケベックシティと同じように、ウィニペグの原点は、毛皮交易だった。

フェスティバル・ドゥ・ボヤジャーは、その「毛皮交易の歴史」がテーマ。

歴史映画さながらのコスチュームをまとったスタッフをあちらこちらで目にした。

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「フェスティバル・ドゥ・ボヤジャー」の多彩なアトラクションの中でも、一番見応えがあったものと言えば、やはり「レッド川の合戦(Red River Skirmish)」だろうか。

(*レッド川の合戦は、10日間の開催期間中に2回行われることが多いらしい)

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西部劇にでてくるような砦の前に、フリントロック銃を携えた男たちが2組現れ、20mほどの間をおいて睨み合う。両グループそれぞれ十人ほど。

隊長の号令とともに、ドンドンパチパチ、激しい銃撃戦が始まった。銃弾は籠められていないので、怪我人も死人も出ないが。

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やがて、一方が砦に逃げ込み、他方がこれを追って、戦いは砦の中へ。ちなみに、この砦、実在した「ジブラルタル砦」を再現したものだという。

「合戦」は全部で20分ほどつづいた。

「レッド川の合戦」って、いつの時代の、どんな戦い?歴史コスチューム姿のスタッフに尋ねてみた。
返ってきたのは、意外な答。

「レッド川の合戦なんて、実際にはなかったんですよ。彼らのコスチュームは、1738年頃のラベランドリの部隊と、1815年のセルカーク伯の軍隊。時代が全然違うでしょ? この二隊が戦うなんてありえないんです(笑)」

なんと! 「レッド川の合戦」は、派手なドンパチで祭りを盛り上げるための、架空の戦いだったのだ!

なんだ、このアトラクション、荒唐無稽なおフザケだったのか……ということになるが、でも、よくよく調べてみたら、それがそうでもない。

祭りのタイトル、ボヤジャーをはじめ、レッド川ラベランドリセルカーク伯ジブラルタル砦など、「レッド川の合戦」をとりまく<キーワード>をたどってみた。すると、ウィニペグを舞台に繰り広げられた、ドラマチックな物語が見えてきた。

それは、単にウィニペグという一地域の、ささやかな地方史といったものではない。「レッド川の合戦」が描くのは、ウィニペグ周辺が「カナダのホットスポット」だった時代。その歴史をひもとくと、入植者による西部カナダ開拓の始まりや、ユニークな民族集団「メティ」の誕生など、西部カナダの原点が次々に明らかになっていきた。そこには、苦難と栄光に彩られた、壮大なドラマが秘められていた。

plus

引き金を引くと、撃鉄の燧石が打ち金を叩き、火花が散る
火花で着火薬が燃える。その火が、銃身内の発射薬に引火して爆発が起こり、その圧力で銃口から弾が飛び出す
1815年のセルカーク軍を演じるスタッフ。英国のブラウンベス・マスケット銃を構えている
こちらは1736年頃のラベランドリの部下。銃はフランスのシャルルビル・マスケット
文・写真:横須賀孝弘

コメント

  • 岡崎恵子

    戦争の歴史は終わりにしたいですね

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