03. カナダでの先住民との出会い

シートンを育てたカナダの自然03. カナダでの先住民との出会い

お気に入りに追加

シートンは、日本では動物小説の作家として有名だが、カナダやアメリカでは、ボーイスカウト運動を立ち上げた功績の方が知られている。もっとも、ボーイスカウトの創始者は、イギリス人、ボーデン=ハウエルで、その発想は、少年を「スカウト」、つまり「斥候兵」として役立つよう訓練することだった。

03. カナダでの先住民との出会い-イメージ1
インディアンの扮装をしたシートン

20世紀初め、ボーイスカウトがアメリカに伝わったとき、そこに、ボーイスカウトならではの「野外生活の楽しみ」を盛り込んだのは、実はシートンだったのである。当時、シートンが立ち上げていた少年たちの野外活動組織「森技インディアン連盟」は、全米に広がり、シートンは子どもたちにカリスマ的な人気があった。1910年にアメリカ・ボースカウト連盟が発足したときには、初代総団長に選ばれている。

その頃、多くの人たちは、社会というものは未開・野蛮な社会から文明社会へと「進化」し、工業化された社会こそが最高だと考えていた。それに対して、「いや、それは違うだろう」と、異を唱えたのがシートンだ。「人々の心の豊かさ」や、「自然との調和」という尺度で測れば、インディアンの社会こそ最高だと、シートンは主張した。インディアンがそのように精神的にも肉体的にも優れていたのは、大自然の中で生活したからであり、青少年を立派な人間に育てるには、インディアンに倣った野外生活を経験させるのが一番だ、というのがシートンの考えだった。当時としてはとても異色の考え方だった。

03. カナダでの先住民との出会い-イメージ2
インディアンと手話で話すシートン。平原インディアンの間では異なる部族間のコミュニケーションの手段として手話が発達。シートンはインディアンの手話のハウツー本も書いている

シートンが、実在の先住民と初めて付き合ったのも、カナダだった。彼は、チャスカという名の、クリ―族の狩人だった。シートンが、マニトバ州カーベリー周辺でシカを狩っていたときにチャスカに出会ったいきさつや、その後の付き合いについては、『サンド・ヒル牡鹿の足跡』にも、シートンの自叙伝にも記されている。

チャスカは、6尺豊かな、ワシ鼻の偉丈夫で、長い黒髪を2本の編み下げにして垂らしていた。森技に長じ、野生動物の知識も豊富で、シートンは彼から様々なことを学んだ。つまり、チャスカは、シートンが子どもの頃から憧れてきたタイプのインディアン、『モヒカン族の最後』に出てくるような、カッコいいインディアンだったのだ。小説や空想ではない、現実の先住民、チャスカと、マニトバで出会ったことこそが、シートンのインディアンへの畏敬を決定的にしたと考えられる。

アメリカで名を上げ、後半生をアメリカで過ごしたシートン。しかし、これまで見てきたように、博物学者・文学者・野外活動の指導者としてのシートンを育てたのは、カナダの自然だったのである。

コメントを残す