探訪!西部カナダの戦国時代

05. 探訪!「ジブラルタル砦」

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05. 探訪!「ジブラルタル砦」-イメージ1
レッド川とアシニボイン川の合流地点にあったジブラルタル砦。冬なので両河川は凍っている。1821年頃の絵

再現されたジブラルタル砦を、8月にも訪ねた。

1809年、北西会社は、レッド川とアシニボイン川の分岐点、フォークスにジブラルタル砦を築いた。

「フェスティバル・ドゥ・ボヤジャー」の会場にあった再現版ジブラルタル砦は、元の砦から少し離れた所に建てられている。

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人権博物館の側にある橋を渡ってレッド川を越え、対岸へ。そこは、フランス系の人たちが住むサン・ボニファス地区。ケベック州より西では最大のフランス人街で、「フレンチ・クォーター」とも呼ばれている。

フレンチ・クォーターを北へ15分ほど歩くと、再びレッド川にぶつかる。
そのほとりに、目指す「再現版ジブラルタル砦」があった。

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「再現版ジブラルタル砦」は、1977年に、フェスティバル・ドゥ・ボヤジャーのために建てられた。

フェスティバル・ドゥ・ボヤジャーの開催中以外にも、夏、5月から8月まで、歴史博物館として公開している。

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防御柵を入ると、大きな母屋がまず目に入る。

母屋を囲むように、納屋や交易所、作業所、鍛冶小屋などが配されていた。

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それぞれの小屋には、歴史コスチュームのスタッフが待っていた。彼ら、彼女らは、それぞれの役割になりきって、小屋の中の物や、自分が着ている衣服、普段の仕事などを説明する。

鍛冶小屋では、鉄の棒からブローチを作る実演も見せてくれた。

毛皮交易だけでなく、ボヤジャーをはじめ、1815年当時の人々の暮らしぶりを体感できる施設だ。

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スタッフには、郷土の歴史に詳しい人たちが揃っていた。

その一人から、面白い話を聞いた。ジブラルタル砦で北西会社が様々な商品と引き換えに集めていたものは、毛皮よりも、むしろ「ペミカン」だったという。

「ペミカン」は、野牛の干し肉から作る保存食。ボヤジャーも大いに利用した。ボヤジャーは、毛皮や商品をなるべく早く運ばなければならないので、食糧調達のために狩りをする暇などない。
彼らはペミカンを食べて栄養を補給し、カヌーを漕ぎつづけた。ペミカンは、いわば、「毛皮交易の燃料」だったのだ。
ジブラルタル砦では、そのペミカンを買い集め、出荷していたことがわかった。

野牛を捕え、肉を干してペミカンに加工したのは、主に、「メティ」と呼ばれる、先住民と白人との間に生まれた人たちである。

ジブラルタル砦の近くには、メティの勇壮な野牛狩りの様子を見ることのできる施設がある。そこも訪ねてみた。

フェスティバル・ドゥ・ボヤジャー開催中のジブラルタル砦
フェスティバル開催中の鍛冶の実演
文・写真:横須賀孝弘

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