バンクーバー 海と風と森と

04. 続・グリズリーの王国

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「グリズリーの王国」では、それこそ無数のサーモンが川を遡ってくるので、あたかもグリズリーによる「サーモン食べ放題」の様相を呈していた。

この2頭のグリズリーは家族なのだろう。捕まえた1匹のサーモンを仲良くいっしょに食べていた。

そして、川や岸辺で展開される「食べ放題」の光景を見ているうちに、ふと気づいたことがある。それは、クマって泳いでサーモンを捕まえるんだ、ということだ。

テレビで見たのか、あるいは北海道の木彫りのクマにそんな場面があったのだろうか。

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とにかく僕のイメージとしては、クマは浅瀬で鮭を待ち構えていて、タイミングよく片手をヒョイッと振ると、爪で引っ掛けられた鮭がポーンと岸辺に放り投げられてしまう、というものだった。

でも、ここのグリズリーたちはこんなふうに結構、器用に泳ぎ、あっという間にサーモンをゲットしていた。

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水中の様子は分からないけれど、両手というか両方の前足で、狙ったサーモンを上から押さえつけ、その後で噛み付いているように見える。

クマが鮭をくわえている、という話で言えば、さきほど触れた北海道の木彫りのクマは、函館の北、渡島半島にある「八雲町(やくもちょう)」が発祥の地なんだそうだ。

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この町の開拓は、明治期に集団移住してきた尾張徳川家の旧臣によって始められた。

そして大正期、ヨーロッパ旅行中だった19代当主・徳川義親氏が、スイスで見たみやげものの木彫りのクマを持ち帰ったのが「八雲町」でのクマづくりのきっかけとなった。

義親氏にすれば、寒い土地で厳しい開拓生活を続ける旧臣たちにとって、クマの木彫りが農閑期の現金収入になれば、と考えたようだ。

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ただし、そのころのクマの木彫りは、必ずしも鮭をくわえていたわけではないらしい。

いつごろ鮭をくわえた姿が定着したのかは分からないけれど、このBC州のグリズリーのように、口にサーモン=鮭をくわえていてくれないと、木彫りのクマも「おさまり」が悪いような気がする。

さて、グリズリーたちは捕まえたサーモンをすべて食べてしまうのではなく、岸辺に持って行ってなんとなく途中まで食べて、あとは放置してしまう。

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僕は専門家ではないので詳しいことは分からないけれど、調べてみるとグリズリーにとってサーモンは、ここは美味しいという部位と、それほどでもないという部位があるんだそうだ。

その「好き嫌い」によって、いい具合に岸辺に食べ残しが放置され、鳥やキツネなど、ほかの動物たちの餌となるのだ。

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向こう岸では鳥がグリズリーの「食べ残し」をつついていた。前回の原稿で書いた「命のサイクル」が、僕の目の前で確かに繰り広げられている。

サーモンはグリズリーの役に立ち、サーモンとグリズリーは森の役に立っている。そしてサーモンを生み出したのはこの森と川の豊かさ、なのだ。

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みんながお互いに役に立っている。けれど「グリズリーの王国」で唯一の“役立たず”がいる。それが僕ら人間なのだろう。

だからこそ僕らは「お邪魔する立場」であることを忘れてはならない。文字通り、僕らは“役立たず”で“邪魔者”なのだ。

にもかかわらず、グリズリーの家族たちは僕らの前で、こんなくつろいだ姿も見せてくれた。

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そう言えばツアーの出発地の建物に看板があった。
・LEAVE NOTHING BUT FOOTPRINTS
・TAKE  NOTHING BUT PICTURES
・KILL  NOTHING BUT TIME

“邪魔者”だけど、何か「命のサイクル」のお役に立つことはできないのだろうか。

文・写真:平間俊行

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