バンクーバー 海と風と森と

16. 命のサイクルとトーテムポール

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バンクーバー空港に到着すると、いたるところでたくさんのトーテムポールが僕らを出迎えてくれる。ブリテッシュ・コロンビア州(BC州)はトーテムポールの“ふるさと”なのだ。

一般的には「トーテムポール」イコール「インディアン」というイメージがあると思う。鳥の羽根の冠をかぶって顔にカラフルなペイントをした「インディアン」と三角形のテント、それに「トーテムポール」は1つの場面として頭に浮かんでくるかもしれない。

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まずはこの時点で、便宜的に使った「インディアン」という呼び方はやめにしておきたい。

そして僕が言いたいのは、バッファローを追って草原を移動していたファースト・ネーションズ、先住民の人たちは、決してトーテムポールを作ることはなかった、ということだ。

トーテムポールはBC州を中心に、太平洋沿岸で暮らしてきた先住民の人たち独自の文化だ。そして、トーテムポールを生み出したのもやはり、サーモンを中心とする「命のサイクル」のおかげだと言ったら信じてもらえるだろうか。

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BC州の川には春から秋にかけて、5種類のサーモンが産卵のため押し寄せてくる。チヌーク(マスノスケ)、コーホー(ギンザケ)、ソッカイ(ベニザケ)、チャム(シロザケ)、ピンク(カラフトマス)―。

先住民の人たちは7カ月ほどの間にたくさんのサーモンを捕まえ、それを1年分の保存食として加工した。その方法は燻製や干物、塩漬けなど、だ。

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僕は以前、先住民の人たちのやり方に近い方法で作ったスモークサーモンを食べさせてもらったことがある。

それは、僕らが普段、口にするスモークサーモンなどよりもずっと固めで、身がぎゅっとしまっているという感じだった。

しかし、先住民の人たちが主に作っていたのは、スモークサーモンというより、むしろサーモンの燻製だったのだろう。いろいろ調べてみると、彼らはカラカラに干して硬くなったサーモンを水やお湯で戻したり、油をつけたりして食べていたようだ。

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もちろん生の方がおいしいに決まっている。しかし冷蔵や冷凍の技術などまったくない時代だ。おいしい、おいしくないの前に、生き抜くための手段として燻製をつくっていたのだろう。

それでも太平洋沿岸の先住民の人たちは、かなり恵まれていたと言える。なにしろサーモンときたら、勝手に生まれた川に戻ってくる、つまり探しにいかなくても待っていれば来てくれて、自分たちの食料になってくれるのだから。

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だから、さほど食べ物の心配をしないで暮らせたからこそ、生活に余裕があったからこそトーテムポールをつくることができた、というのがことの真相なのだ。

サーモンが川を遡上し、産卵を終えて死んだあと、その体は川の栄養分となる。またグリズリーベアの食べ残しは鳥やキツネの餌となり、さらに分解されて森の木々の栄養分となる。

ポイントは、サーモンが食糧となって先住民の人たちや動物を生かしていただけでなく、森をも育てていた、という点だ。

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太平洋を南からやってくる黒潮のおかげで、BC州は夏涼しく冬は暖かい。さらに太平洋から吹く水分をたくさん含んだ風は、山脈の手前に大量の雨をもたらす。

この暖かさと大量の雨、そしてサーモンの栄養素がBC州に巨木の森を作り出した。州内の「温帯雨林=レインフォレスト」は、全世界の実に25%にものぼるのだ。

中でも、柔らかくて加工しやすいレッドシダー(米杉=べいすぎ)の巨木は、トーテムポールの格好の材料だったのだ。

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トーテムポールが生まれたのは、サーモンを中心とする「命のサイクル」のおかげだ。食べ物に困らず、生活に余裕があって、加工しやすい巨木もまた「命のサイクル」によってもたらされた。

とはいえ、だ。生活に余裕があれば誰もがトーテムポールをつくるわけではない。じゃあ、この奇っ怪なトーテムポール、一体何のために作られたんだろうか。

文・写真:平間俊行

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